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本連載では、「誰にとっても使いやすい道具」のデザインは困難であるということを口を酸っぱくして主張しています。先日も、とあるセミナーで講師をさせていただいた時にもそのことを述べました。すると参加者の方から「そうするとユニバーサルデザインの考え方とは矛盾するのではないか?」という質問が出ました。今回はその点について考えてみたいと思います。
まずユニバーサルデザインという言葉を簡単に説明しましょう。最初にメイスという人が身体障害者にとっての使いやすさを追求したという意味のバリアフリーという概念を提唱しました。障害者にとってのバリア(障害)を取り除くことを第一義的に考えることで、時として健常者にとっては利便性が落ちてしまうこともあり、基本的に障害者向けの製品を別途作り分ける、という考え方でした。ユニバーサルデザインはさらにそれを発展させて、健常者にも障害者にも使えるデザインを実現し、作り分けすら不要にしてしまおう、という点が異なっています。
有名な成功事例としては、シャンプーボトルの側面に突起をつけ、リンスなど他のボトルと触って区別できるようにしたものがあります。これは視覚障害者の方はもちろんですが、晴眼者でも洗髪中で目が開けられない場合などに有効に機能します。誰にとってもメリットがあり、誰にとってもデメリットが無い素晴らしいアイデアですね。電車のプリペイドカードや牛乳パックの口に切り欠きを作るといったものも同種のアイデアと言えます。
さて、このユニバーサルデザインという考え方について、個人的に思うことはいくつかあります。ひとつには確かにそれが上手くいくなら理想であり、デザイナーや設計者が最終目標に掲げることは忘れてはいけないと思います。一方で、それを、全てのユーザーを単一の製品や単一の画面デザインで賄うことに固執することと混同してはいけないと思います。例えば最近はユニバーサルデザイン携帯というものが登場しています(先日私も母親にプレゼントしてみました)。でもあれ自体であまねく全てのユーザーの利便性を満足できているとはとても言えないでしょう。あらゆる機能をそぎ落としたり、表示文字数を犠牲にして文字サイズを確保したりしている訳ですから。当然ながら自分では利用したいとは思わないですね。むしろ、ある携帯電話会社のラインナップにああいった機種を加えることで、全体としてユニバーサルである、と考える方が正しいのかもしれません。牛乳パックやプリペイドカードのように単機能で単純な製品に関しては、上手くやれば誰にとってもひとつのデザインで上手くいくものをデザインすることは可能だと思います。
しかし、携帯電話やデジカメ、カーナビといった製品ジャンルでは、少し様子が変わってくるでしょう。例えばあるメーカーのATM(現金自動預払機)では、「字を大きく」みたいなボタンを押すと、画面上の表示が全て拡大されるという作りになっています。むしろ画面デザインを複数のユーザー層に対して作り分けることで、製品全体としてはユニバーサルであることに成功していると言えます。結局のところ、ある程度複雑な製品、特にGUIを備えたものでは、個々の画面や操作フローなどに関してはユーザー層によって作り分ける方が全体としては上手くいくと言えるのではないでしょうか?
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