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私は仕事柄、人が機械の操作をしくじる場面を数多く目にします。そんな中で特に目にすることが多い間違いは、「与えられた選択肢を全て吟味せず、最初に見つけたある程度それっぽいものを選んでしまう」という方略に基づいたものです。
例えば、あるメーカーの製品情報のページで、
・プリンター
・スキャナー
・ファクシミリ
・複合機
・デジタルカメラ
といったカテゴリ別の入り口があったとします。ある日、自宅で年賀状を印刷しようとしたらインクが切れていたので、インクカートリッジの品番を調べようとそのページを開いたとしたら、どれを選ぶでしょう?私の経験では、たとえその人が持っている機種が複合機であっても、つい「プリンター」を選んでしまう率が意外に高いと思います。これは自分の機種が複合機であるかどうかを判断できないのではなく、冒頭に書いた「与えられた選択肢を全て吟味しない」方略によるものです。ほとんどの人は「冷静に全ての項目を見比べて、一番それらしいものを選べ」と言われればちゃんと「複合機」を選ぶことができるのです。だからデザイナーの側も、まさかこの分類の仕方で間違う人がいるわけがない、と考えてしまいます。
認知科学では、ヒト(というか動物全般)が持つヒューリスティクスと呼ばれる認知的な「手抜き」のための機構について研究されています。我々には、毎回ちゃんと完全な分析や計算をした上で行動を選択するのではなく、経験上たいてい上手くいく方法を直感で選ぶことを好む、という性質があり、その「たいてい上手くいく方法」のことをヒューリスティクスと呼びます。例えば、海外ネット通販で$90の商品を見つけ、その日の為替レートが$1=¥110だった場合、100弱と100強の組み合わせだから相殺して100×100=¥10,000位だろう、という手抜き計算をすると思います(勘と呼ばれたりもしますね)。コンピューターよりも計算スピードで遙かに劣る生物の脳が、そこそこ合理的な判断を行うことができるのは、こういったヒューリスティックを活用しているからだと言われています。特に瞬時の判断が生死をわける野生動物の場合、限られた処理能力で少しでも生存率を高める判断を、それも瞬時にこなすためには欠かせないことで、ヒトも含めそういった方略を採ることは進化の中で培われてきたと考えられます。
さて、大自然の中で生き残るために習得してきたこの手抜き認知のテクニックですが、複雑な現代社会の中では、少々やっかいな弱点ともなりうることが指摘されています。判断すべき情報が多く、とても捌ききれない状況の中で、いちいち科学的手法による検証結果を吟味するより、「テレビで言ってたんだから」、「こんなにたくさん本を出してるんだから」と信憑性の確認を手抜きして鵜呑みにしてしまう。結果として(あるいは手段として)書店にはあやしげなオカルトや似非科学本が所狭しと並べられ盲信する人が後を絶ちません。振り込め詐欺なども、意図的に時間圧を上げることで判断をヒューリスティクスまかせに誘導していると言えます。ユーザーインターフェイスのデザインがそういった悪意に基づいているとは考えにくいですが、与えられる情報が溢れる中で、ついヒューリスティクス頼りの判断をしてしまう点は同じです。ヒューリスティクスまかせでも上手くいく製品を作るのは開発者の課題ですが、一方で、我々使う側も「最初に見つけたある程度それっぽいものを選んでしまう」といった不完全なヒューリスティクスに頼りすぎないようにすることが重要でしょう。(ついでに言えば、質の良いヒューリスティクスを編纂し世に出していくのは私のような人間の役目だと思っています。頑張ります。)
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