ニジニータギル憲章
TICCIH産業遺産憲章の暫定日本語訳全文
2003年7月17日ロシア共和国ウラルの都市、ニジニータギルで開催されたTICCIH総会で「産業遺産ニジニータギル憲章」が制定された。この憲章は、ICOMOSによって批准され、最終的にはユネスコの承認の承認を受けて、産業遺産保存に関する国際的な基準となる重要な文書である。この憲章は、ICOMOSの批准を受ける際若干の修正があり得るといわれている。この憲章の重要性にかんがみ、理事会は、全文を日本語に翻訳して『産業考古学』110号に掲載することとした。編集部会は宇野いつ子会員に翻訳をお願いした。以下に掲載する「産業遺産ニジニータギル憲章」を産業考古学会の暫定日本語訳文とし取り扱い、今後学会内外の意見を採りいれ、産業考古学会の定訳に仕上げる予定です。て
暫定日本語訳文に対するご意見を編集部会長までお寄せ下さい。なお英文の原文は、TICCIHのホームページwww.mnactec.com/TICCIH/ で見ることができる。 (編集長 玉川寛治)
ニジニータギル憲章:TICCIH産業遺産憲章
国際産業遺産保存委員会(TICCIH)
2003年7月
TICCIHは産業遺産を代表する世界的組織であり、産業遺産に関するICMOSの特別顧問である。当憲章はTICCIHが作成したものであり、ICOMOSの批准及び最終的にはUNESCOの承認を求めて提出される。
前文
人類史の初期の時代は、人間の物を作る手段が根本的に変化したことを示す考古学的証拠により明確にされており、これらの変化を示す証拠の保存と研究の重要性は広く認められている。
新石器時代から鉄器時代への変化と同じように重要な、中世ヨーロッパに起こったエネルギー利用と商取引における革新は、18世紀末の変化へと繋がり、革命と呼び得るほどに急速で意味深い、製造における社会的、技術的、経済的環境の発展を伴った。産業革命とは、かってないほど多くの人口に、また同時に地球に住む他の生物にも影響を与えた歴史的な現象の始まりであり、それは現在も続いている。
これらの意味深い変化の物的証拠には人類共通の価値があり、この物証の研究と保存の重要性は認められなければならない。
従って、2003年TICCIHロシア大会に集う代表者たちは、産業活動のために建設された建築物、建造物、それらの中で行われた製法、使われた道具、及びそれらの存在する町や景観、そして有形、無形の証拠は、大変重要であると主張したい。これらは研究され、その歴史は教えられ、その意味することと重要性は精査され、万人に明らかにされなければならず、特に重要で特徴的な例は、現在及び未来における利用と利益のために、ベニス憲章の精神に則って、確認され、保護され、整備されなければならない。
1 産業遺産の定義
産業遺産は、歴史的、技術的、社会的、建築学的、あるいは科学的価値のある産業文化の遺物から成る。これらの遺物は建物、機械、工房、工場及び製造所、炭坑及び処理精製場、倉庫や貯蔵庫、エネルギーを製造し、伝達し、消費する場所、輸送とその全てのインフラ、そして住宅、宗教礼拝、教育など産業に関わる社会活動のために使用される場所から成る。
産業考古学は、産業工程を目的とし、あるいはその結果作られた記録、人工遺物、層序、建造物、人間の居住地、自然景観及び都市景観など、有形、無形の全ての証拠を研究する学際的方法である。それは過去と現在の産業に関する理解を高めるために、最適な研究方法を用いる。
産業考古学が主に関心を寄せる歴史的時代は、18世紀後半の産業革命の発祥時期から現在にまで及び、又産業化以前及び産業化初期の起源も研究する。さらに、技術史に含まれる作業及び作業技術の研究にも及ぶ。
2 産業遺産の価値
i 産業遺産とは、重要な歴史的結果を過去に持ち、現在も持ちつづけている活動の証拠である。産業遺産保護の動機となるものは、独特な遺産の特異性よりも、この証拠の普遍的価値に基づくものである。
ii 産業遺産は、普通の男女の生活記録の一部として、又重要なアイデンティティーを与えるものとして社会的価値がある。又製造、エンジニアリング、建造の歴史における技術的及び科学的価値があり、建築、デザイン、及びプランニングの質において大きな美的価値があると思われる。
iii これらの価値は、遺産それ自体、その建築構造物、構成部分、機械及び据え付け、産業景観、記録された文書、又人間の記憶や慣習に刻まれた産業の無形の記録に本来備わっているものである。
iv 特定の産業工程を残すという点では、珍しさ、遺跡の類型や景観は、特に価値を高め、慎重な評価がなされなければならない。初期又はパイオニア的な例は、特に価値がある。
3 確認、記録、調査の重要性
i 未来の世代の人々のために、全ての分野で保存したい産業遺物を確認し、記録し、保護しなければならない。
ii 地域の調査、及び異なる産業類型の調査では、産業遺産の範囲を確認しなければならない。この情報を用いて、確認された全ての遺跡の目録が作成されなければならない。この目録は容易に探せるようにし、一般の人々が自由にアクセスできるものでなければならない。コンピューター化とオンライン・アクセスは、そのための重要な目標となる。
iii 記録は産業遺産研究の基本となる。保存のためのあらゆる介入が行われる前に、遺跡の物理的特徴と状態の完全な記録を行い、公文書とされなければならない。ある産業工程又は現場が稼動を終了する前に記録が行われれば、多くの情報を得ることができる。記録には、補助となる関連文献とともに、動産の記述文書、図面、写真、ビデオ・フィルムが含まれる。人々の記憶はユニークでかけがえのない資源であり、これも又可能な場合は記録されるべきものである。
iv 歴史的産業遺跡を考古学的に調査することは、それらの研究の基本的技術となる。他の歴史的あるいは文化的時代の研究と同様に、高度な基準で行われなければならない。
v 産業遺産保護の方針を支援するために、歴史的研究のプログラムが必要とされる。多くの産業活動は相互依存しているため、国際的研究は、世界的に重要な遺跡や、遺跡のタイプの確認に役立つ。
vi 合理的で一環した基準を一般に受け入れてもらうために、産業建築物の評価基準は明確にされ、公表されなければならない。適切な研究に基づいて、これらの基準は最も重要な現存する景観、居住地、用地、類型、建築物、構造物、機械、及び工程を確認するために用いらればならない。
vii 重要と確認された遺跡や建造物は、その重要性を確実に保存するために、十分に効力のある法律により保護されなければならない。UNESCOの世界遺産リストは、産業化が人類の文化に及ぼした大変大きな影響を十分に認識しなければならない。
viii 重要な遺跡の価値は明確にされ、保存をめざした将来の介入のためのガイドラインが確立されなければならない。そしてその価値を維持するために必要なあらゆる法的、行政的、及び財政的方策がとられなければならない。
ix 危機に直面する遺跡は確認されなければならず、それにより危機を減少し、修復あるいは再利用のための適切な方策をとることができる。
x 協調的イニチアティブと資金共有による国際協力は、産業遺産の保存ために特に適切なアプローチとなる。国際的目録とデータベース作成のために、適切な基準をつくらなければならない。
4 法的保護
I 産業遺産は一般的に、統合的な文化遺産の一部とみなされるべきである。しかしながら、その法的保護には産業遺産の特別な性格を考慮に入れなければならない。工場、機械、地下構成部分、固定構造物、複合建築物及び建物の集合体、産業景観などの保護が可能でなければならない。又、産業廃棄物のある地域には、考古学的及び環境学的価値があると考えられなければならない。
II 産業遺産の保存プログラムは、経済発展計画及び地域的、国家的計画に統合されなければならない。
III 最重要の遺跡は完全に保護されなければならず、その全構成要素の歴史的な完璧さや真正さを損なうような介入を許してはならない。用途に合わせた改造及び再利用は、産業建築物の保存を確実にする適切で費用効率の良い方法と思われ、適切な法的手段、技術的アドヴァイス、優遇税制、補助金などにより奨励されなければならない。
IV 急速な構造変化に脅かされている産業界は、中央及び地方政府の支援が必要とされる。このような変化による産業遺産への潜在的な脅威は、予測されなければならず、緊急対策に頼ることのないような計画を立てておかなければならない。
V 大切な構成要素の移動及び破壊を防ぐために、重要な産業遺跡の閉鎖に迅速に対応する手続きを確立しなければならない。危機に瀕する重要な遺跡の保護のために、管轄権のある行政機関は、必要ならば介入できる法的権限を持つべきである。
VI 政府は、産業遺産の保護及び保存に関して独立したアドヴァイスを与えることのできる諮問機関を持つべきであり、あらゆる重要なケースについてその意見を仰がなければならない。
VII 地域の産業遺産の保護と保存においては、地域社会に相談し、その参加を確実にするあらゆる努力がなされなければならない。
VIIIボランティア団体及び協会は、遺跡を確認し、産業遺産保存への一般の参加を奨励し、情報や研究を広めるうえで重要な役割を果たし、産業遺産の分野では必要不可欠な関係者となる。
5 整備と保存
I 産業遺産の保存では、機能的な完全性を保存することが重要であり、したがって産業遺跡への介入はこれをできるだけ整備することを目的としなければならない。機械又は構成要素が撤去されたり、遺跡全体の一部となる従属的要素が破壊された場合、産業遺跡の価値と真正さは大幅に損なわれることになりかねない。
II 産業遺跡の保存には、その遺産の当初の目的、又は複数の目的、又そこで行われた可能性のある様々な産業工程に関する完全な知識が求められる。時を経てこれらは変更した可能性もあるが、以前の利用全てを検証し、評価する必要がある。
III 遺産が本来あった場所の保存はいつも優先的に考慮されなければならない。建物又は建造物の解体及び移転は、遺跡の破壊が経済的又は社会的な圧倒的必要性に迫られる場合に限り認められる。
IV 確実な保存のために、産業遺跡を新しい目的のため改造することは、特に歴史的重要性のある遺跡以外では、普通容認される。新しい使用目的では重要な材料を大切にし、当初の循環と行動のパターンを維持し、できるだけオリジナルの、又は主要な目的と一致させなければならない。以前の使用目的を解説する場所を設けることが推奨される。
V 産業建築物を改造し利用し続けることにより、エネルギーの浪費を避け、持続可能な発展に貢献することができる。産業遺産は、崩壊又は衰退しつつある地域の経済活性化に大きな役割を果たすことができる。再利用が意味する継続性は、長期間続いた雇用源の突然の消滅に直面する地域社会に、精神的な安定をもたらすことができる。
VI 保存のための介入は取り消しが可能でなければならず、最少の影響力に抑えられなければならない。不可避なあらゆる変化は記録に残し、撤去される重要な構成要素は記録されて安全に保管されなければならない。産業工程の多くは、遺跡の完全性と重要性に欠くことのできない古い赴きを与える。
VII 再建、あるいは既知の以前の状態への復帰は例外的な介入であり、遺跡全体の完全性に利益をもたらす場合、あるいは暴力行為により主用遺跡が破壊される場合に限り、唯一適切な手段と考えられるべきである。
VIII 多くの古い又は旧式の産業工程における人的技術は、非常に重要な資源であり、一度失われたらこれに替わるものはない。これらは細心の注意を払って記録され、次世代へ受け継がれなければならない。
IX 記録文書、企業の古文書、建設計画、産業製品のサンプル見本の保存は、奨励されなければならない。
6 教育と訓練
I 専門家による産業遺産の方法論、理論及び歴史についての専門的訓練は、技術学校および第三カレッジレベル(16才以上)で教えなければならない。
II 産業の歴史及びその遺産に関する特別な教材は、小学校(5才〜11才)および中等学校レベル(11才〜18才)の教師のために作成されなければならない。
7 プレゼンテーションと解説
I 一般の人々に産業遺産に対する関心と愛着を持ってもらい、その価値を評価してもらうことは、産業遺産の保存を保証する最も確かな方法である。それは、テレビ番組、本やリーフレットの出版、展示会を通して、重要な遺跡へのアクセスを改善し、産業地域への観光を促進することにより、奨励されなければならない。
II 専門的な産業博物館及び技術博物館と保存された産業地域はどちらも、産業遺産を保護しその意味を解説するための重要な手段となる。
III 産業遺産の地域的及び国際的経路は、産業技術の継続的変遷と、それにより起こった人々の大規模な移動を際立たせる。
Eusebi Casanelles
TICCIH委員長
Eugene Logunov
TICCIH 第12回モスクワ国際会議 2003
(翻訳:宇野いつ子)