カーボンニュートラルの実現に向けた課題とは?現状や事例を解説
2023年12月18日 13:26
この記事に書いてあること
産業革命が始まった1850年頃から世界の平均気温は約1.1℃上昇する*など地球温暖化は進み、さまざまな気候変動が世界規模で起きている状態です。地球温暖化を少しでも抑えるための方法として、注目されているのがカーボンニュートラルです。カーボンニュートラルとは、地球温暖化の原因となる二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、その排出量を「実質ゼロ」に抑える、という概念です。
本記事では、カーボンニュートラルの実現にあたって、現状ある課題や解決のポイント、実際の取り組み事例について解説します。
*出典:全国地球温暖化防止活動推進センター|世界平均気温の変化(1850~2020年・観測)
カーボンニュートラルとは

カーボンニュートラルとは、地球上の温室効果ガス(CO2など)の排出量と吸収量を均衡させ、全体としてゼロにすることです。「全体としてゼロにする」というのは、温室効果ガスの「排出量」から植林・森林管理等による「吸収量」と「除去量」を差し引いた合計をゼロにするという意味です。
また、「カーボンニュートラルと脱炭素の違いは何なのか」と気になる方も多いでしょう。同じ意味で使われることもありますが、日本が目指すカーボンニュートラルはCO2やフロンガスなど温室効果ガス全般を指しており、脱炭素はCO2のみを指しています。
温室効果ガスは私たちの日常生活から排出されており、排出量の増加によって世界各地でさまざまな気候変動が起きているのが現状です。アフリカの干ばつ、パキスタンでの国土の3分の1の浸水、ベネチアの水没危機、日本では平均気温の上昇や大型台風といった自然災害による被害のニュースが絶えません。
また、温暖化は自然災害だけでなく、自然生態系や産業・経済活動にも影響をもたらす恐れがあるといわれています。さまざまな面で悪影響を与える温暖化を止めるためには、世界中の人々が力を合わせて温室効果ガスの排出量を減らす必要があり、すでに世界中の国々が温室効果ガスの削減に取り組んでいます。
カーボンニュートラルの現状
2020年10月、菅元総理大臣が所信表明演説で「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」という宣言を出しました。
当時の宣言から約3年(2023年10月現在)、カーボンニュートラルの実現に向けてさまざまな取り組みを行う国が増えています。経済産業省 資源エネルギー庁の記事*によると、2023年5月19日〜21日に開催された「G7広島サミット」にて、2050年までのカーボンニュートラル参加国は147ヵ国とのことです。
なお、2060年までのカーボンニュートラル表明国は156ヵ国、2070年までのカーボンニュートラル表明国は159ヵ国となっています。
日本においては、カーボンニュートラルの実現に向けて、あらゆる企業が続々と取り組みを始めています。取り組みの効果がすぐに表れるわけではありませんが、毎日の積み重ねが温室効果ガスの排出量を減らし、将来の生活を豊かにするのは間違いありません。
*出典:経済産業省 資源エネルギー庁|「G7」で議論された、エネルギーと環境のこれからとは?
カーボンニュートラルの実現に向けた課題

カーボンニュートラルを実現するためには、以下の3つの課題に意識を向ける必要があります。
• 再生可能エネルギーの開発・普及の難しさ
• 排出基準の設定で生まれる国ごとの格差
• 検証の難しさ
CO2を排出しない再生可能エネルギーの開発と普及の難しさ、排出基準の設定で生まれる国ごとの格差、そして検証の難しさをクリアすることが、カーボンニュートラルの実現へとつながります。
再生可能エネルギーの開発・普及の難しさ
CO2の排出を減らすためには、CO2をほとんど出さない、地域の資源を活用した再生可能エネルギーの開発と普及が必要不可欠です。現在、日本の主なエネルギー源となっているのは石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料ですが、化石燃料はCO2を大量に排出し、枯渇する資源です。
再生可能エネルギーとは化石燃料の代わりになる、水力・風力・地熱・太陽光など繰り返し利用できる環境への影響が小さいエネルギーです。
再生可能エネルギーはCO2を排出しないというメリットがありますが、今までは発電コストや導入コストが高いというデメリットがありました。化石燃料と比べるとスケールメリットを出すのが難しく、天候に左右されやすい傾向があるため、安定した供給が難しいという理由で日本でも普及が遅れていたのです。しかし、技術革新によって発電コストは年々削減され、いまでは日本の再生導入量は第6位という世界でもトップクラスのスピードで増加しています。
*出典:経済産業省|2030年に向けた今後の再エネ政策
再生可能エネルギーの普及を促進させるためには、再生可能エネルギーを安定して系統に流していける仕組みを作っていく必要があります。例えば、住宅を含め電力消費地の近くで適切な規模の再生可能エネルギー主流の発電所を増やしてその場でできるだけ消費したり、再生可能エネルギーによる発電量に応じて電気の使い方を変化させたり(デマンドリスポンス)、電気自動車の電池とネットワークを組んだり、再生可能エネルギーを大規模に開発できるところの系統を強化したり、蓄電池を適切に設置・利用することが有効です。
また、政府も「FIT制度」(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)にかわる「FIP制度*」(再生可能エネルギーの市場価格に一定のプレミアムを交付する制度)を導入し、再生可能エネルギー取引市場を活性化させ普及促進を目指しています。
*参考:経済産業省 資源エネルギー庁|FIP制度
排出基準の設定で生まれる国ごとの格差
排出基準の設定で国ごとに格差が生まれているという点も、カーボンニュートラルの実現に向けて大きな課題のひとつとなっています。
CO2の排出量は、一般的に計器などを使用して直接CO2の量を測定するのではなく、「生産ベースCO2排出」と呼ばれている推計を用いています。「生産ベースCO2排出」とは、ガソリンや電気などを使用した活動量に対し、排出係数をかけ算する方法です。
近年、先進国の企業が新興国に工場を移すケースが増えてきています。経済背景を踏まえて生産ベースで排出基準の設定を決めてしまうと、どうしてもCO2排出量は「先進国で減少傾向、新興国で増加傾向」になってしまうのです。
海外の企業が新興国で製造したものを輸出する場合、製作過程で発生するCO2は新興国にカウントされます。つまり、工場が撤退した国はCO2の排出量が削減でき、移転先の国はCO2の排出量が増えるというわけです。そのため「消費ベースCO2排出」でカウントすべき、という主張もあります。
検証の難しさ
カーボンニュートラルを実現させるには、温室効果ガスの排出量・吸収量・除去量を正確に計測したうえでバランスを取る必要があります。しかし、温室効果ガスの中で最も多く存在する二酸化炭素の濃度でも、大気中にわずか0.03%程度しか存在しないので、高精度な測定技術が必要です。
そのため、温室効果ガスの排出量は直接測定するのではなく、IPCCが作成しているガイドラインに沿って、経済統計などで使用される活動量に排出係数をかけて計算しています。
今、存在している計測器の精度では、温室効果ガスを直接測定できないという技術的な問題があり、正確に測定できない算出方法を用いているため、科学的な裏付けが弱いといわれているのです。
また、オフセットプロジェクト(製造者・販売者が、商品やサービスの製造・販売などを通じて排出される温室効果ガスを排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により埋め合わせする取り組み)に頼りすぎてしまう点も問題視されています。
カーボンニュートラルの検証の難しさを解決し、より衡平な負担による削減を進めるために、「生産ベースCO2排出」ではなく「消費ベースCO2排出」を活用するなど国別の格差をなくし、協力していく姿勢が必要です。
カーボンニュートラルの実現に向けた課題を解決するポイント

それでは、カーボンニュートラルの実現に向けた課題を解決する方法を2点解説します。
• 排出基準を「消費ベース」にする
• 再生可能エネルギーの開発・普及の難しさを解消する新技術の開発
排出基準の設定で生まれる国ごとの格差をなくすには、排出基準を「消費ベース」にする必要があります。また、再生可能エネルギーの開発・普及の難しさの解消に向けた新技術の開発も、課題解決の大切なポイントです。
排出基準を「消費ベース」にする
排出基準の設定で生まれる国ごとの格差をなくすには、製品が最終的に消費される国でCO2の排出量をカウントする「消費ベース」に変える必要があります。
「消費ベース」とは、製品が生産された国でCO2の排出量をカウントするのではなく、製品が最終的に消費される国でカウントする方法です。これにより、先進国と新興国における排出基準の差が生まれにくくなります。
新技術の開発
カーボンニュートラルの実現に向けた課題を解決へと導くために、再生可能エネルギーの開発・普及が第一ですが、新技術の開発も大切なポイントです。
たとえば、文部科学省のカーボンニュートラル実現に向けた研究開発施策には、温室効果ガス削減に向けた多様な革新的エネルギー科学技術や、多様な熱利用につながる高温ガス炉の研究開発などが実施されています。(*1)
また、前述したように、再生可能エネルギーの普及を促進させるためには、再生可能エネルギーを安定して系統に流していける仕組みが必要です。
関西電力やローソンなどの事業者(*2)は、経済産業省の主導で、需要サイドの生産設備や蓄電池といったエネルギーリソースをIoTで一括制御する仕組み「バーチャルパワープラント(VPP)」の構築に取り組んでいます。(*3)
従来のエネルギーとなる化石燃料や核燃料から再生可能エネルギーへ転換していけるように、日本でも再生可能エネルギーを取り巻く新技術の開発が進められている状態です。
*出典1:文部科学省 研究開発局|2050年カーボンニュートラル実現に向けた検討状況・今後の取組について
*出典2:三井住友銀行|再生可能エネルギーを取り巻く技術開発と日系企業の取組み
*出典3:経済産業省 資源エネルギー庁|VPP・DRとは
カーボンニュートラルを実現するための日本の取り組み
2020年12月に、政府は民間企業に対して投資とイノベーションを促す環境づくりが目的の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(以下、グリーン成長戦略)を公表しました。
グリーン成長戦略とは、環境と経済の好循環を作るために、大きな成長が期待できる14分野に大きく分けて国際的な競争力を強化する産業政策です。
なお、グリーン成長戦略の14分野は以下のとおりとなります。
• 洋上風力・太陽光・地熱
• 水素・燃料アンモニア
• 次世代熱エネルギー
• 原子力
• 自動車・蓄電池
• 半導体・情報通信
• 船舶
• 物流・人流・土木インフラ
• 食料・農林水産業
• 航空機
• カーボンリサイクル・マテリアル
• 住宅・建築物・次世代電力マネジメント
• 資源循環関連
• ライフスタイル関連
カーボンニュートラルを実現するための企業の取り組み事例
それでは、実際にどのような取り組みを行っているのか、カーボンニュートラルを実現するための企業の取り組み事例を2つ紹介します。
事例①
商業施設で有名な大手流通グループのイオンでは、2018年に脱炭素に関するビジョンを策定しました。*
2030年までに店舗で使用する電力の約50%を再生可能エネルギーに切り替え、2040年を目標にCO2の排出量をゼロにする目標を掲げ、カーボンニュートラル実現に向けて取り組んでいます。特に運営する大規模商業施設では、店舗の屋上などでの太陽光発電システム導入の拡大や、余剰再生エネルギーの買い取り強化を進めるなどして、2030年までに100%の再生エネルギー導入を目標としています。
また、資源循環型社会を実現するために、店頭でのアルミ缶や紙パックなどの資源回収、食品廃棄物の削減のための食品リサイクルループの構築などにも力を入れています。
*出典元:イオン | Webサイト
事例②
世界的な電子機器メーカーであるAppleは、2030年までにサプライチェーンも含めた事業全体でカーボンニュートラルを達成するという新しい目標を掲げました。*
排出削減として、製品には低炭素な再生材料の使用、エネルギー効率の高い製品デザイン、低炭素での輸送、ファンドを通じての省エネルギープロジェクトの推進、サプライチェーン全体でのクリーンエネルギーへの移行推進及び自社施設でのエネルギー使用を削減する方法の採用の働きかけなどに取り組んでいます。
また、二酸化炭素の除去のためにサバンナの復旧やマングローブの保護などの森林管理を行っています。
自社で行っているさまざまな取り組みをロードマップとして他社にも提供することで、産業・経済全体でのカーボンニュートラル実現を促進できるようになりました。
*出典:Apple | Webサイト
まとめ
カーボンニュートラルとは、地球上の温室効果ガス(CO2など)の排出量と吸収量を均衡させ、全体としてゼロにすることです。日本は、「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」という宣言を出しました。政府の取り組みである「グリーン成長戦略」をはじめに、国内外の大企業が続々とCO2排出量削減のために取り組んでいます。
しかし、カーボンニュートラルの実現は簡単なことではありません。再生可能エネルギーの開発・普及など、難しい課題をクリアする必要があります。そして、課題をクリアするためには、国境を越えた協力と連携が必要不可欠です。
※本記事に掲載の会社名および製品名はそれぞれの各社の商号、商標または登録商標です。
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