将来を見通したオンライン面会システムの導入 無線LANを全館に敷設、ICT活用の足掛かりに 社会福祉法人やまびこ(茨城県)
2021年06月08日 06:00
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フジサンケイビジネスアイ
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「おじいちゃん、元気ですか?」
「ええ、変わりなく、元気でやっていますよ」
「早く新型コロナが収束して、直接会えるといいのにねえ…」
パソコンに映し出された孫の顔に入所者は頬を緩ませた。茨城県石岡市の社会福祉法人やまびこが運営する特別養護老人ホーム「談話館」での入居者と自宅の家族との面会の風景だ。
家族たちが施設に入ることができるのは面会室まで。面会に来た家族の場合は、面会室にあるパソコンと居室にいる利用者のタブレットを無線LANでつなぎ、ひとときの家族の会話を楽しむ。面会室の家族はタブレットをみつめる入居者の姿にほっと一安心しているようだった。
談話館では、2020年11月、オンラインでの面会を可能にするシステムを施設内に構築した。「コロナ禍でも入所者が安心して家族と面会できる体制をなんとか整備することができました」と、談話館の森田修事務長は目を細める。
自然豊かな住環境のもと充実した介護を提供
談話館は、認知症をはじめ高齢者医療の専門病棟を持つ医療法人新生会豊後荘病院が高齢者福祉の充実をめざして2004年に開設した。介護が必要な高齢者50人(定員)を受け入れることができる特別養護老人ホームを柱にショートステイやデイサービス、居宅介護支援事業の4事業を展開している。
母体である豊後荘病院からも近く、医療体制も充実している。和を基調にした落ち着いた雰囲気の施設で、居室や廊下も一般的な老人ホームに比べて広く、ゆったりとした住環境の中で、高齢者の介護を行っている。
介護の現場は人手不足が深刻化しているが、やりがいがあり、愛着を持てる職場づくりに努めている。残業をなくし、休日もしっかりとれる職場環境だという。「職員の定着率が高く、熟練した技能を持った職員が育っています。中堅の職員が現場で若手を育成するサイクルもできてきました」(森田事務長)
筑波山や加波山を臨む自然豊かな丘陵地に立地し、周辺には田んぼや畑が多い。「近くの農家にご協力をいただいて、ブドウ狩りやイチゴ狩り、柿の収穫をするなど地域ならではのレクリエーションを催しています。ただ、今は新型コロナウィルスの影響で、一部のイベントを自粛しなくてはならないのが残念ですね」と森田事務長は話してくれた。
コロナ禍の面会、感染対策が大きな課題
抵抗力の弱い高齢者が寄り添いながら生活する高齢者介護施設にとって、新型コロナの感染対策は喫緊の課題だ。談話館でも施設外の人と接触する面会の対応をどうすべきか頭を悩ませていた。談話館の入所者は、地元・石岡市やその周辺の市町を生活の基盤としていた人が多い。それだけに入所者の家族が気軽に面会に訪れることが多かったからだ。
「通常は、家族を入所者の居室に招き入れて、居室内でコミュニケーションをとっていただいていました。ただ、インフルエンザの流行期には、感染させてはいけないと面会をストップしていたんです」と森田事務長。新型コロナの感染が深刻化し、緊急事態宣言が発令された昨年4月以降も面会を全面的にストップすることにしたという。
「『それでも会いたい』と要望される家族の方もいました。面会をストップするのは施設としても大変心苦しく、つらい選択でした。家族のみなさんがどなたでも気軽に来ていただいて、入所者とコミュニケーションをとってもらうのが一番の理想ですから」と、苦渋の決断だったことを明かした。
その後、緊急事態宣言の解除を受けて面会を再開。面会前に必ず家族への体温や健康状態をチェックしたうえで、面会室にはアクリル板のパーテーションを設け、パーテーションごしに会話ができる形にまで緩和したものの、感染拡大の勢いが止まらず、感染対策の課題は残ったままだった。
一方で、厚生労働省は、高齢者福祉施設でのオンライン面会の実施を高齢者福祉施設に呼びかけ、施設整備などの支援事業をスタートさせた。これを受けて談話館はオンライン面会の環境整備に乗り出すことにした。
多様な面会方法を模索、駐車場にも電波が届くように整備
「寝たきりで移動が難しい入所者とのオンライン面会はどうやったらいいか。パソコンやスマートフォンを使い慣れていない家族でも面会できるようにするにはどうしたらいいか。さまざまな面会のパターンを考えながら、最適なシステムの導入を検討しました」と森田事務長は語る。
導入にあたって、これまで施設の一部でしか利用できなかった無線LANを全体に広げ、各居室でも利用できるように通信環境を整備した。無線LANは施設内にある駐車場にも届くようにした。また、高画質の画像がやりとりできるようネットワークを構築。面会室にサイズの大きいディスプレーとカメラ、パソコンを設置し、タブレットも1台用意した。
冒頭で説明したように、自宅のパソコンやタブレットと面会室のパソコンをインターネットで接続すれば、お互いの映像と音声をやりとりできる。わざわざ施設に出向かずに自宅で、入所者の元気な様子を確認できる。加えて、タブレットを導入したことで、さまざまな面会のパターンにも対応できるようになった。その一つが家族を面会室に招き入れ、入所者がタブレットを使って面会する方法だ。入所者の中には寝たきりで居室からの移動に介助が必要な人も少なくないが、タブレットなら持ち運びは自在で、セッティングの手間も大してかからない。
一方、駐車場にも無線LANが届くようにしたことで家族がパソコンやスマホの扱いに不慣れだったり、自宅にネット環境がなかったりした場合にも対応可能になった。家族に車で施設まで来てもらい、車中の家族にタブレットを渡す。入所者は面会室のパソコンとカメラで映像と音声をやりとりする。
高精細のカメラで社内LANは通信速度も速い。Teams、Zoomなどのテレビ会議用のアプリケーションソフトを利用しており、音声や画像もクリアだ。家族が入所者と直接接触することはなく、感染のリスクが低い面会方法でもある。
導入して間もないころは、こんなことがあったという。
「最初は入所者にタブレットだけ渡して面会をしていたのですが、ご家族の方から『おばあちゃんの耳しか見えない』という声をいただいたんです」
高齢で耳が遠いため、家族の声を聞こうとついついタブレットに耳を近づけてしまい、肝心の顔が映らなくなってしまうという。そこでブルートゥース(Bluetooth)搭載の高性能スピーカーを新たに購入。タブレットに無線接続して、耳を近づけなくもクリアな音声を聞き取れるようにするなどきめ細やかな対応を施した。(下記写真参考)
談話館では、年が明けて第3波の新型コロナの感染が拡大する中、オンラインでの面会を本格的に導入。現在も一週間に7~8件の面会の申し込みがあるそうで、直接の面会はできないながらもコロナ禍でも入所者の元気な声や姿を家族に届けている。
福祉サービスの充実、業務の最適化実現の大きな武器に
「私たちのような一法人一施設の規模が小さいところでは、費用を考えると導入は厳しい面がありました。それだけに助成金は助かりました」と森田事務長は語る。入所者の安全・安心を担保するオンライン面会を実現するための無線LANの構築だったが、助成金を活用した将来の施設の効率化や福祉サービスの充実にもつながる。
高齢者福祉施設では人材の確保が年々厳しい状況になっている。その中で、ICTは避けられなくなっている。介護分野でのICT技術の進展も著しく、日々の介護記録の作成でも職員にタブレットを携帯させて記録するシステムも開発されている。また、認知症や寝たきりの高齢者をセンサーで見守るシステムもある。施設全体の無線LANの構築はこうした技術の導入の大きな基礎になるもので、今後福祉サービスの充実や業務の最適化による事業の発展に大きく寄与することが期待される。
事業概要
法人名
社会福祉法人やまびこ
所在地
茨城県石岡市部原784-1
電話
0299-36-6611
設立
2003年6月
従業員数
57人
事業内容
特別養護老人ホーム談話館の運営、ショートステイ、デイサービス、居宅介護支援事業
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