「受信FAXを出先で確認」で仕事が激変、会社も躍進 葉山工業(神奈川県)
2022年05月25日 06:00
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3K嫌って調理師に
神奈川県横浜市都筑区、産業道路にほど近い、町工場が連なる一角に社屋を構えているのが葉山工業有限会社だ。精密板金、精密機械加工、レーザー加工などを手がけ、半導体や航空機、カメラなどの精密部品の試作から量産まで対応し、多様なニーズに応えている。
1972年4月に千葉忠夫氏(現会長)が川崎市野川で創業。今年で50周年を迎える。鉄骨のプレス業から始め、「筐体(きょうたい:機器類を収める箱形の容器)」や「架台(かだい:設備機器などの重量物を設置する架構)」などへ手を広げ、やがて大きな製品から人手や時間が少なくて済む精密機械に移行した。
現社長は忠夫氏の長男、千葉忠実氏(TOP画像)だ。1974年9月生まれの47歳。小さい頃から父の仕事場を見て育った。「肉体労働で、俗に言う3K(きつい、汚い、危険)職場が嫌いで、どうせなら華やかな業界に行きたい」と、高校卒業後、調理師の道に進む。和食の会席料理で、「見て覚える厳しい世界」だった。
調理師の修業では、下積みから、焼き場、揚げ場と段階ごとに店を変わっていかなくてはならないというルールがあった。次の店が繋がらない状態で1、2ヶ月ほど、ぶらぶらしていたら、母から「そんなに暇なら家業を手伝え」と言われた。社会人になって8年経っていた。
変化を目の当たりにし、カルチャーショック
父の会社に行ってみたら、現場がまるきり変わっていた。見知っていた葉山工業は、手作業で板を切り、穴を開けていたが、金属をレーザーで切る時代になっていた。切って、閉じて、曲げて、溶接するという、かつての作業工程が通用しなくなっていた。曲げて溶接してからでも、立体になってからでも切れる。以前は大きい工場でしか見ることができなかった部品も、小さな町工場で簡単に作れてしまう。カルチャーショックだった。「これはすごい。自分もここで仕事をやりたい」と思った。
入社した時に感動したレーザー加工機
先端設備を保有する先輩の会社に週1回、1年半ほど通って勉強した。調理師時代に習い性になっていたので、新しい仕事場でも「見て覚える」ことができた。
仕事量が増え、9年前に41年間拠点にしてきた川崎から横浜の現在地に社屋を移転した。広いところに移った。人も増やし、設備投資をする。すると仕事がまた増える…。社業は順調に伸び、川崎時代に6人だった従業員は13人に増えた。
ICTとの出会い 受信FAXをクラウドへ
5年前には父から事業を引き継ぎ、2代目社長に就任した。精密加工の販路開拓や新規事業は20年前の入社時から担当していたので、実際に代表取締役になっても、事業承継で起こるといわれる「古株の従業員がついてこない」とか「取引先の顔が分からない」ということはなかった。ただ、父がモノづくりの仕事に没頭しており、必要な運転資金が足りない、従業員の就業規則もない。社長業はマイナスからのスタートだった。営業して販路を拡大しなくてはならないし、作業現場も見なくてはならない。ある取引先には「千葉さんが外に出ちゃうと対応してくれない。仕事は『勤務時間内なら、どんな時でも対応する』そういうものじゃないの」と苦言を呈されたが、実際の話、手一杯だった。
そんなとき、つきあいのあるICT企業の営業担当から、FAX受信した内容をクラウド経由で外出中でも見ることができるツールがあると提案された。このツールを使えば、会社に入ってきたFAXの中身をスマートフォンで見られるという。リース代もそれほど高額というわけではないというので、導入を決めた。2019年3月のことだ。
同社入口で案内していただいた千葉社長
スピード勝負で群を抜く
このツールを導入したら、取引先対応が見違えるように速くなった。FAXの中身を、どこにいても、何をしていてもパソコンやスマートフォンさえあれば確認することができる。
例えば、夕方、取引先から見積依頼が来る。今までは残業して夜遅くまで対応するか、翌朝から見積を作成するかどちらかだった。でも退社後に届いたFAXは、翌朝にしか内容を見ることができず、ものによっては翌日の夕方に見積提出というケースもあった。しかし、夕方(場合によっては夜)依頼が来るということは、取引先も翌日早く回答が欲しいはずだ。FAXデータをどこでも見られる状況になってからは、会社にいなくても、外出先からメールやFAXで対応できる。
また会社にFAXが来ると、メールにFAXが届いたことを知らせるメッセージが来るので、すぐクラウドにあるFAXデータを確認して対応できる。
「FAXを送ったので内容確認してもらえますか、というお客様に『すみません、出先なので』とお断りした時点で、もう終わり」と千葉社長。ビジネスは納期、単価、品質など、いろいろな要素がマッチングしないと成立しないが、どうしてもスピード勝負のときがある。「同業他社より対応スピードが速いおかげで取れたビジネスがたくさんある」と満足している。
FAXから千葉社長のスマートフォンに入ってきた部品設計図の画像
以前は就業時間中に30分以上、社外に出るなど考えられなかったが、導入後は1日、2日、外出しても全く問題がない。「2019年秋、九州に2~3日出張したが、横浜の社内にいるときと同じようにお客様と打ち合わせし、見積やサービスを提供できた」。導入前はお客様に「社長、今日打ち合わせできる?」と聞かれても「出張でいない」と断るしかなかったが、いまは「大丈夫ですよ、どこにいても見える環境にありますから。お問い合わせいただければ対応できます」と答えることができる。「お客様は安心するし、信頼も得られる」と話す。スマートフォンでFAXの受信内容を確認し、見積もり書を作ってメールで返信するので、ペーパーレスにも寄与している。ICTの導入メリットは少なくない。
取引先が喜び、社業は伸び、売り上げも増えた。同社は4月決算だが、コロナ禍で大きく売り上げが落ちている会社が多い中、2019年から22年の売り上げが約20%増えた。2021年は対前年比8%増の約1億6000万円、22年も同2%増で約1億7000万円。利益も計上できた。千葉社長は「ICTの力がなかったらマイナスからのスタートだった。事業承継の苦労を乗り越えられなかった」と思っている。
使う側の覚悟が必要
「ものすごく心強い僕のパートナー」と、スマートフォンとタブレットを肌身離さず携帯するようになった千葉社長だが、一方で「ICT活用はやる人が覚悟を決めないと、結構きつい」と打ち明ける。早い対応ができてしまい、その維持を求められるからだ。
千葉社長の場合は、緊急で対応が必要だと思った案件については、帰宅後、夕食をすませ、仮眠を取り、午後10時、11時ごろに起き出して、夜中に作業することもある。そのうえで「社長すごいね、夜中まで起きているの?」と取引先に聞かれれば、「そうなんですよ。眠い目をこすって夜中にやりました」と涼しい顔をしてみせる。それで受注が決まったりすることもあるから、手は抜けない。
千葉社長は「今スピード勝負の顧客対応をやらなかったら一生負ける。とにかくやろう」と考えている。「47歳の今ならエネルギーもある。将来、円滑に事業承継をするには10年必要だ。65歳で退きたいと思うなら55歳のときには後継者がいないと」と話し、少なくとも55歳まではなりふり構わず、やり抜くつもりだ。
働き方改革の時代、従業員にやってもらう訳にはいかない。経営者としての覚悟だ。
今後は、働き方改革の面も含め、葉山工業に役立ちそうなICT機器が出てきたら、もちろん導入する方針だ。新しいツールをどう活かすかは、使う側の覚悟次第と考えている。
従業員と笑顔でやりとり
変化恐れずチャレンジを
最先端の電気自動車部品の開発で、発注先から指名がかかるほど評価されている同社だが、精密機械部品技術は日進月歩だ。いま最先端と思われている技術も、おそらく来年には埋もれてしまうだろう。千葉社長は「製造業の生命線は、変化を恐れず、新しいことに挑戦することだ」と強調する。
躍進へのチャレンジが求められる中で、一歩踏み込むのは意外と勇気が要る。だが、千葉社長は「じつは一歩は必要ない、半歩だけ踏み込めばいい」と話す。半歩踏み込むとどうなるか。「相手も半歩出てくる。すると自然とそこで一歩になる。だから勇気を持って半歩踏み出すべき」と説く。「迷ったら前へ」は父の教えだ。
ICT導入で変化を実践した千葉社長は最後に「いま向かい風だけじゃなく追い風にいる会社も、変わることですね。変化ができない会社はおそらく墜ちていく。中小企業だけでなく大企業も」と締めくくった。
先が見えない今、困ったときに相談できる仲間がいて、ついて来てくれる従業員がいる。どんなに優秀でも一人では何もできない。千葉社長の言葉の端々に相談できる先輩や仲間の話や従業員への思いが聞こえてきた。これからも葉山工業に期待したい。
社屋前で従業員と
事業概要
会社名
葉山工業有限会社
本社
神奈川県横浜市都筑区池辺町3964
電話
045-482-9628
設立
1972年4月
従業員数
13人
事業内容
精密板金加工、精密機械加工、溶融溶接作業、精密部品組立、設計・開発、レーザー加工
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