ノーマライゼーションを目指す障害者福祉のICT活用と福祉DXへの道 社会福祉法人 豊寿会(青森県)
2022年07月06日 06:00
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青森県八戸市の社会福祉法人豊寿会は、知的障害者を中心とする障害者支援事業を手掛け、「利用者一人ひとりに合わせた、寄り添う支援を行う」というポリシーを軸に現在9事業所を運営する。
設立のきっかけは地元で建設業を営んでいた、分枝篤史(ぶんばいあつし)理事長の祖父が「18歳以上の受け入れ先がない」との地元民からの声を受け、1989年に知的障害者更生施設を設立したことだった。以来父の代を経て、2016年からは分枝篤史氏が理事長職を引き継いだ。
設立当時はまだ障害者に対する社会の偏見は強く、分枝理事長も、小学生の頃は彼らに対して「怖い」という印象をもっていたという。その偏見に疑問を抱いたのは中学生の頃、障害者を主人公とするテレビドラマを見たことだった。
「彼らは分けられる存在ではない。同じ人間であり、同じ社会で暮らす仲間だ、と感じてこの仕事に進むことを決意しました」と分枝理事長は振り返る。
その後、分枝理事長は福祉を専門とする大学で学び、社会福祉士(国家資格)を取得。卒業後は仙台の福祉施設に就職し、主に重度自閉症の人たちの支援グループを担当した。そして今から11年前、28歳で八戸に戻り、自閉症者を専門とする支援や研修などを手掛ける地元のNPO法人で5カ月間の研修を受け、豊寿会に参加した。
「福祉にこそICTの活用を」と積極的に推進する分枝篤史理事長
障害者の状況に合わせ施設を増やしていった
「障害はその人個人にあるのではなく、社会生活において支障が出る時の生きづらさです」と語る分枝理事長。その根底には、「皆にとって公平な社会が大切」というノーマライゼーションの精神がある。全世界で最も重要とされるSDGsの前文に記された「持続可能な世界へ向かうこの旅をはじめるにあたり、だれひとり取り残さないことを誓います」にも通じるように、「ノーマライゼーション」は今からの時代に必須の考え方だ。
障害者福祉の転換点は、2006年に施行された障害者自立支援法だ。それまで満18歳以上の障害者は生活支援や職能訓練のために、施設に入所ないし通所していたが、本人には施設の選択権はなかった。それが2006年以降は自分で利用したい施設を選べるようになったのだ。この法律の施行にともない、知的障害者更生施設は新しい福祉サービスへの移行を求められた。
そして、豊寿会においても幼少期から成人へのライフステージに合わせた障害者支援事業を行い、必要とされる施設を次々と増やしてきた。とりわけ、自閉症や発達障害の支援レベルは地域でも高く評価され、2016年からは県の委嘱により発達障害支援センターを開設している。
人手不足の福祉業界にICTの導入は不可欠
「今、福祉業界は異常なほど人材難です。その背景には福祉職の社会的地位が低いことがあります。福祉イコールボランティア、誰でもできる仕事、と思われているのです」と話す分枝理事長。これまで順調に人材を確保し研修で育ててきた豊寿会は職員数も多く、質ともに手厚い支援を提供してきたが、ここ2、3年は利用者の増加に人材確保が追い付かない。
「今後は少子化で人は増えません。いずれは人員配置基準も緩和されるでしょう。そうなると、1人にかかる負担を軽減するためにICTの導入は不可欠です」(分枝理事長)。
そこで、豊寿会では一部補助金を活用し、2018年から業務面で大きな見直しを図った。
豊寿会の本部が入る豊寿会コネクトビル
移動を伴う30分の集合会議をオンラインで10分に短縮
職員の負担を軽減して精神的な余裕を作り、支援の質を向上させる。これを目的にまず取りかかったのは、会議の見直しだった。
これまで9ある事業所の施設長は毎月1回集まって定例会議を行っていたが、多忙な中、各自の移動に負担感が生じていた。そこでオンライン会議に切り替えたところ、これまで30分かかっていた会議がなんと10分で終了したという。新型コロナウイルスの感染拡大により、接触機会を減らすことが必要となったが、この取り組みを進めていたためスムーズに対応することができた。
オンライン会議は「いいね」や手を挙げる機能でスムーズに進行
利用者に寄り添う支援と働き方改革は両輪だと語る池田浩章統括本部長
では、コミュニケーションの質はどうだったのだろうか。
業務改革における実行部隊である池田浩章統括本部長は、オンライン会議導入当時をこう振り返る。「最初の頃はお互いの反応がつかみにくく、戸惑いました。そこで、手を挙げる機能を使ってみたり、うなずきあったり、資料を見たら『いいね』をつける機能を導入するなど試行錯誤を重ねました。その結果、LINEぐらいのフランクさでコミュニケーションができるようになりました」。
また、資料を事前に添付して送っておくと会議がスムーズに進むという効果もあった。さらに、連動するスケジューリング機能も活用するなど、どんどん使いこなしていった。「慣れるまでこまめに教えることが大切です」と池田統括本部長は手応えを感じている。
データ共有で事業所間のコミュニケーションが進んだ
データの取り扱いについても大きく変わった。これまでサーバーはあったものの、各事業所間はつながっておらず、データが共有されていなかった。そこで、クラウドを導入することにより、シフト表や各種データが一元化されるようになり、事業所間でのコミュニケーションレベルが大幅に向上した。同じ利用者が複数のサービスを別事業所で受けることがあり、その情報を共有することはサポート面で大きな効果を発揮した。
個人情報の印刷に複合機のセキュリティ機能活用で問題解決
パソコンで印刷ボタンを押した後、複合機で印刷指示を出すことで出力される(オンデマンド印刷機能)
また、これまで課題だった個人情報などが含まれるデータのセキュリティ対策にも着手。全事業所にドキュメントセキュリティシステムを導入したことで、パソコンから印刷ボタンを押しても、複写機での印刷指示を経てからでないと印刷物が出てこないようになった。これにより、利用者や採用関係の書類など個人情報が含まれる文書のプリント時、他者の目に触れることが回避され、職員のセキュリティ意識の向上にもつながったという。さらに、認証するための1アクションが増えたことで、ミスプリントの軽減や印刷物の放置、紛失の軽減という相乗効果も生んだ。
シフト作成をAIで 仕事の属人化を解消して働き方改革
「ムリ、ムラ、ムダにつながるため、属人化は仕事の5Sの解決すべき課題です」。この属人化を解消することが池田統括本部長の積年の願いだった。
どこの社会福祉法人でも業務の中で最も手間がかかり、大変な仕事がシフト表の作成だという。新人とベテランスタッフの組み合わせ、休み、男女比、時間帯など細かい条件に応じて案分する複雑さからシフト表は誰でも作れるものではなく、業務の属人化解消の足枷になっていた。
そこで2021年、AIを活用したシフト作成ソフトを導入した。諸条件を入力するとAIでたたき台が作成され、職員はそのたたき台を手直しすればいい。導入当初こそ期待通りにはならず不安もよぎったものの、AIが学習を重ねるうちに改善されつつあり、本格運用に向けて目下準備中だ。
勤怠管理のシステム化で個々の見える化 適切なアドバイスが可能に
勤怠管理はシフト表と連動。タイムカードからの手作業による集計から解放された
また、働き方改革を推進するため、2019年からは勤怠管理も見直した。
「職員には利用者に寄り添った支援をするための時間を作ってあげたい、そのためにも職員のスケジュールを把握して適切なアドバイスができるようにシフト表と連動した勤怠管理のシステムを導入しました」と池田統括本部長は話す。このシステムではこれまでのタイムカードに変わり、専用のIDカードを用いてクラウド上で集計する。労務担当者の業務負担も軽減した。
「福祉は人がやる」という文化に風穴=福祉ロボット活用に取り組む
業務改革のICT活用は、豊寿会のICT化の過程に過ぎない。
「障害者福祉のサービスは出尽くした感があり、今後は質的向上と特徴のあるサービスの提供が求められるでしょう」と分枝理事長はみている。
福祉におけるDXは、これまで「人がやるべき」とされてきた仕事をロボットやAIに置き換えることで、人が関わるべき仕事に余裕が生まれ、質の高い支援に結びつけるという価値を提供するためにある。時間的余裕がないために「これをすると危険だから…」とやらなかったことができれば、ホスピタリティを提供できるはずだ。しかし、一筋縄にいかないのが福祉業界だという。
「新しいものを導入しづらい業界なんです。うちもインカム導入には時間がかかりました」と分枝理事長は振り返る。
「人の手によるサポートよりもロボットの方が障害者に合うサポートができることもあります。サポートは人の手でなければ、という既成概念が今後は変わっていきます」と分枝理事長。
豊寿会が最初に開設した障害者支援施設「妙光園」
「全員に同じ支援」から「それぞれに合う支援」のためYouTubeを活用
分枝理事長はさらに、これまでは環境が限られていたため、業務時間後に書いていたケア記録を、Wi-Fiを導入することで各部屋で入力できるように改善。利用者のフリータイムを見守りながら入力できるようになり、時間の余裕が生まれた。
Wi-Fiの活用はもう一つ。利用者が個別にYouTubeが見られるようにするなど「全員に同じ支援」ではなく「それぞれに合う支援」にもつなげている。
例えば、全員で同じ動画を見ているとき、内容に興味がない人は気が散って他人に構ったり、部屋を出ていってしまうことがあったという。しかし、それぞれが見たいものが見られるようにしたところ、そのような行動は減ったそうだ。
「利用者に同じ『作業』をしてもらうことが常態化している業界ですが、それぞれが自分に合う普通の生活ができればいいと思います」「ICTの活用によって支援の幅を広げていくことが、質の向上にもつながっていくでしょう」と分枝理事長は今後を見通した。
ノーマライゼーションを実現する福祉DXはAIやSNSの活用がキー
「AIのチャンネルと自閉症の人の脳のチャンネルって、リンクするんです。でも、脳のチャンネルが合っていない者同士が交わると『我慢する』ということになってしまいます」
と話す分枝理事長。自閉症の人は変化が苦手で、一定の関わり方に安心感を抱くという。その点においてICTとは親和性が高く、「もっと活用すべき」と分枝理事長は主張する。
また、新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、非接触型のコミュニケーションが広まったが、その恩恵は「人と直接関わることが苦手」という人にももたらされた。彼らは「人付き合いが苦手でも、SNSでなら同じ脳のチャンネルを持っている人と交流できる」と分枝理事長はみている。発達障害や不登校の子もオンラインで授業に参加できる時代となった今、ICTが彼らを支えているのは確かなのだ。
福祉職の社会的地位の向上は福祉DX活用が重要
「今後はこの八戸で、ICTを活用した先進的な取り組みをさらに進めて『豊寿会サポート』というブランディングを確立したいと考えています。そして、研修拠点としての受け入れも行うことで、スタッフのモチベーションにつなげるとともに、福祉職の社会的地位の向上に貢献したいと思います」と分枝理事長は抱負を語った。
人手不足にあえぐ福祉業界において、ICTの活用は障害者や福祉従事者にのみならず、誰もが平等な社会を実現するためのポテンシャルを秘めている。福祉の仕事が憧れの職種となる日も遠くないだろう。
2016年にオープンしたレストランSpread。障害者の就労支援の場。地域の集会所としての役割も担う
事業概要
法人名
社会福祉法人 豊寿会
所在地
青森県八戸市大字妙字分枝27-1
電話
0178-25-2111
設立
1989年9月28日
従業員数
125名
事業内容
障害者支援施設の運営(相談支援、生活介護、就労継続支援B型事業、放課後等デイサービス事業、短期入所事業、グループホーム、入所支援事業)
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