新たなビジネスモデルは失敗が生み出した 基礎工事をICT技術で変革 上場へ 横浜ライト工業(神奈川県)
2022年07月15日 06:00
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自社の強みをベースにして水平展開を行う企業は多いが、横浜ライト工業は仕事をプロセスでとらえることで隣接ビジネスのニーズと成長性を見抜き、既存のビジネスにこだわることなく新たなビジネスへシフトしていった。持ち前の技術開発力を武器に果敢に挑戦する姿は、業界の質を高めながら生き抜くたくましさを感じる。
こうした進取の精神が、建設現場で杭を引き抜く事業において国内トップクラスの実力と実績を持つ、横浜ライト工業という会社の現在を作り出した。
大失敗をカバーしたことが新事業誕生のきっかけ
「もともとは杭の引き抜きではなく杭打ちをしていたんです」と浜口社長。ビルなどを建設する場合、軟弱な地盤に長い杭を打つことで安定した土台を作る。横浜ライト工業も1984年の創業時からずっと杭打ちを本業にしてきたが、20数年前、建設現場で伝達ミスから間違えて打ち込んでしまった杭を抜く必要に迫られた。「経験はありませんでしたが、手持ちの機材を使ってどうにか引き抜くことができました」
浜口伸一社長
杭打ちから引き抜きへと事業を大転換
その頃、杭打ちは競争が厳しくなって、単価がどんどん下がっていた。「逆に杭抜きは、難しい工事に挑めば挑むほど単価が上がっていったんです」。東京都内のように開発が進んだ地域では、再開発のために既存の建物を取り壊す動きが活発で、地中に埋もれている杭を引き抜く需要も増していた。商機があると見た浜口社長は、当時社長を務めていた父親と話し、打つ方から抜く方へと事業を大転換した(TOP画像は、地中の杭を引き抜く工事の様子)。結果、東京証券取引所TOKYO PRO Market上場を果たすまでに成長したのだから、相当な先見性だったと言える。
「東京オリンピックの間は様子を見ていた開発事業が、オリンピック終了と同時に動き始めたようで、この1年はとても忙しかったですね」。順風満帆のように聞こえるが、「物価がこれだけ上がってくると、建設費も高くなるためしばらく工事を見合わせようとする動きが出てくる可能性があります。いつ途切れるかも知れないと、2年くらい前から思っています」。
測量ソフト活用し杭芯位置を測量するサービスに進出
同社では、先手を打つように新しいサービスや工法を取り入れ、顧客への提案を進めている。そのひとつが、解体工事現場で杭が埋まっている場所を、一人で効率良く測量するサービスだ。杭を抜く必要がある解体工事の現場では、埋まっている杭の位置を事業者が測量によって割り出し、杭抜き業者に伝える必要がある。「測量用のスケールを持って杭の上に立ち、外から測量用のカメラでのぞいて角度などを測る手順が必要で、最低でも二人が現場に入っていました」と、工事部工事管理室の森山順氏室長は解説する。
ただ、こうした再開発の現場は隣で解体工事が進んでいたり、荒れ地だったりすることが多く、人が入って作業をするには注意が必要だった。地下階があった建物などは、取り壊した後が窪地になって水がたまり、人が入ることすら難しい場合もあった。そうした状況でも安全に測量できる仕組みとして、測量用のソフトと、トータルシステムと呼ばれる測量用のカメラを連動させることで、一人でも杭芯の位置を測れるようにする技術を取り込み実用化。2020年から提供を始めた。
新杭芯位置測量方法の測量時
新杭芯位置測量方法の杭芯復元時
カメラから近隣に建つ建物の角など、絶対に動かない目印を2カ所決めて光の線を引いた上で、同じカメラから杭の頭にも光の線を当てて、計3カ所をソフトに記録する。この角度さえ分かっていれば、次に現場に行ってカメラを起動させ、手にマーカーとソフトが入ったスマホを持って歩くだけで、杭芯の位置を知らせてくれる。これなら測量も位置決めも一人でできる。
測量会社の仕事を取り込み 引き抜き受注につなげる
「本来なら、建設会社が測量会社に頼んでいた業務なんです。それを自分たちでもできるようにしたものです」と浜口社長。「データは建設事業者に渡します。それを元に、他の杭抜き業者に発注することも可能ですが、現場のことがよく分かっているならと、たいていは当社に依頼していただけます」。建設現場の業務フローの中で、杭の引き抜きという一部だけを受け持っていたところから、少し前の工程も手掛けられるようにすることで、業容と受注の拡大につなげた。
現状、対応は森山室長が一人で行っている。浜口社長とは大学時代の同期で、九州にあった光学機器メーカーで半導体や液晶パネルの製造にエンジニアとして長く携わってきた。2016年に発生した熊本地震で工場が閉鎖となった際、「転属するよりはほかのことをしてみたいと浜口社長に相談したところ、来ないかと誘われて入社しました。今は社長のアイデアを形にする何でも屋です」(森山室長)。
工事部工事管理室の森山順氏室長
新しい杭芯位置測量の技術も、顧問を務めてもらっている大学教授から聞いた技術を元に開発を頼まれ、形にした。新しいことに積極的に取り組む浜口社長の性格が成果につながったとも言える。杭の引き抜き需要が多い現在は、職人もそちらに手一杯で、測量になかなか人を回せないが、引き抜きの需要減を見越し、扱える人を増やすことで顧客をつかみ、業務の確保につなげていく。
杭を抜いた孔を埋め戻す技術も新規に開発
「NALT工法」も、杭の引き抜きという本業にプラスアルファをもたらすために必要な技術として開発したものだ。建設工事の現場で太い杭を抜くと、そこに深い円柱の孔(あな)ができる。土砂などを入れて埋め戻しておき、その後、新しく杭を打ってその上にビルなどを建てることになるが、「埋め戻しが甘いと、新しく杭を打った際に杭が傾いてしまうんです」(森山室長)。傾きは、逆に固すぎても発生してしまう。
杭打ちをほとんど行っていない同社の代わりに、別の事業者が杭打ちを行ってミスが出れば、建設工事の工程全体に影響が及ぶ。杭抜きを手がけた同社の責任が指摘されれば、次からの仕事を頼まれなくなってしまう恐れがある。だったら、自分たちで最良の埋め戻しを行えば良いと考え、埋め戻した部分を周囲の土と同じような固さにするために、土砂に溶剤を混ぜて撹拌する工法などを実践してきた。「NALT工法」はその最新版となる。
従来の工法では、撹拌のための機材を重機で吊って出し入れする手間が掛かっていた。もっと安全でかつ高品質の埋め戻しができないか。そこで考え出されたのが、杭を抜いた後の孔内に注入したベントナイトと呼ばれる一種の粘土を注入するのだが、泥水と混ぜ合わせる作業を孔に差し込んだパイプ内で循環させることだった。この時に、鳴門海峡のうずしおのように回しながら撹拌するところから「NALT工法」と名付け、2022年には特許を得た。
3Dプリンター使い工法模型を自作
社長室のテーブルに、水が入った円筒形の装置が置かれている。スイッチを入れると、水に差し込まれたパイプの中を、水が渦を巻きながら上り始める。建設工事の現場で、地中に埋められている杭を抜いた後にできる孔を、周囲と同じ固さで埋め戻す技術として開発した「NALT工法」を、取引先に理解してもらうための模型だ。浜口社長が、3Dプリンターを使ってパーツを作り、組み立てた。
画像 パイプなどを3Dプリンターで自作した「NALT工法」の模型
画像 3Dプリンターで模型などを自作する
興味を持ったことに自らチャレンジするのが浜口社長の性格だ。3Dプリンターも、思いついた工法や会社で必要なものを自作するために導入した。
会社敷地内で実験行い革新的な技術を開発
導入にあたって、本社の敷地内に孔を掘って「NALT工法」をテストしてきた。「セメント粉をどのくらいの分量で配合したら、周囲と同じ固さになるかを研究しました」(森山室長)。こうした実験の現場を見せ、社長室の模型で原理を知ってもらうことで、事業者にどのような工法かを理解してもらい、採用へと結びつけている。
画像 「NALT工法」の試験場
しっかりと埋め戻しをしてくれるという評判が広がれば、杭抜き作業自体を依頼してくれる事業者も増える。既に名だたるゼネコンやハウスメーカーが「NALT工法」を採用し、東京都内や横浜市内の工事の現場で使っている。「山下ふ頭のガンダムが立っている場所の横でも使われています」と浜口社長。杭抜きを事業の基盤として、前工程の測量から後工程の埋め戻しまで手掛けるようになることで、全体の受注増を狙う。
待遇を良くし新卒の退社は6年半でひとり
キツい仕事と思われ、求人も難しいと見られがちな土木建設業だが、「この6年半で辞めた新卒は一人だけ」と定着率が高い。これは、高卒も大卒も変わらず厚遇して働きに応えていることがある。「採用はだいたい縁故です。リクルートにお金をかけるくらいなら、福利厚生に回したいんです」。従業員が誇りを持って働けるよう、2020年2月に株式上場を果たした。「上場企業に勤めていると言えば家族にも安心してもらえますから」。
横浜ライト工業は2020年に東京証券取引所TOKYO PRO Marketに上場を果たした
働き方の改革にも取り組む。社員は現場に出ずっぱりとなるため、「iPadを13台導入して、電子日報の作成や、社内SNSを活用した情報の整理と共有を行っています」(森山室長)。工事現場で杭を抜くという、シンプルでともすれば地味に見える仕事でも、高い技術力が背景にあり、競争に打ち勝とうとする努力がある。
やらないリスクよりも やるリスクを選ぶ
既存事業を捨てて新たな分野への挑戦は、新たな投資と教育も必要だ。しかも失敗のリスクも考えなくてはならない。横浜ライト工業は、市場の推移を見抜き、決断をした。それは、都心部の建設業が「更地に着工」から「旧施設の解体・着工」という新たなサイクルに入っていることを見抜いたからだ。
この傾向は誰もが知っていることではある。だが、現状の事業が少なくなっても十分に需要はあるだろうし、既存事業を捨ててまでリスクを冒したくないと考える経営者が多い中、横浜ライト工業は、限られたパイを奪い合うために価格競争の泥沼にはまって会社の存続が危うくなることを察知し、変化した。
「企業の存続は時代の変化に対応すること」誰もが知っている話ではあるが、実践し成功させるのは、ニーズを見つけ実行する決断力。そして成功への執念と裏打ちされた技術力ということを教えてくれた。
事業概要
会社名
横浜ライト工業株式会社
本社
横浜市保土ケ谷区今井町870
電話
045-355-5500
設立
1986年5月
従業員数
51人
事業内容
既存杭引抜工事/解体・土木工事一式/地中障害物撤去工事/メガソーラー事業
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