日中おむつゼロ、寝たきりゼロ。自立支援介護を担う現場の働き方改革を支えるICT活用とは 社会福祉法人正州会(栃木県)
2022年09月09日 06:00
この記事に書いてあること
制作協力
産経ニュース エディトリアルチーム
産経新聞公式サイト「産経ニュース」のエディトリアルチームが制作協力。経営者やビジネスパーソンの皆様に、ビジネスの成長に役立つ情報やヒントをお伝えしてまいります。
団塊の世代が75歳を迎え、後期高齢者となる2025年が目前だ。その時後期高齢者は日本の人口の2割近くを占め、国民の4人に1人が75歳という超高齢化社会に突入する。その状況下においては、医師や看護師、介護従事者の不足、そして核家族化に伴い家庭内で介護を担う人がおらず、老老介護になるという人材不足の課題がある。さらに社会保障費が増大する一方で労働人口は減少し、社会福祉制度の維持が困難になることも予想されている。
誰にも等しく訪れる老後、その時我々は自分の望む介護を受けられるのだろうか。暮らしを支える介護の担い手は確保できるのか。課題解消の鍵は、介護の質的向上と介護職の待遇改善にあるだろう。そして、これらを支えるICTの活用も不可欠だ。
今回紹介する栃木県那須烏山市の社会福祉法人正州会は、介護職の専門性を高めるべく職員一丸となって研鑽を積み、「利用者に尊厳のあるケアを提供する」という明確な目的のもと、ICTの導入を進めている事例である。
(写真参照:正州会の利用者は自分で歩ける人がほとんどだ)
お世話から自立支援へ、利用者の生活の質を高める4大ケアを実施
自立支援介護を実践する特別養護老人ホーム「愛和苑」の森仁子施設長
「うちの施設には日中おむつを使っている人はいません。寝たきりの人もいません」。
そう話すのは正州会の運営する特別養護老人ホーム「愛和苑」の森仁子施設長。愛和苑では、およそ10年前から自立支援介護に取り組んできた。自立支援介護とは、その人の身体的自立と精神的自立、社会的自立を改善・維持できるよう支援していくケア技術だ。それは、自分で歩き、好きなものを食べることができればおのずとQOL(生活の質)が上がるということを示唆している。
全国老人福祉施設協議会は特別養護老人ホームの介護技術向上と介護職の質的向上を目的に、このケアを提唱した国際医療福祉大学大学院教授の竹内孝仁氏をブレーンとして全国で「介護力向上講座」を行ってきた。正州会もこの取り組みに手をあげ、森施設長を筆頭に職員たちは竹内氏の講座に幾度も足を運び、現場での実践を進めてきた。その成果は冒頭の発言の通りである。
自立支援介護には4つの柱がある。1つめは水分ケア、2つめは食事ケア、3つめは排泄ケア、そして4つめが運動ケアだ。
高齢者は水分が不足すると脱水症状による意識障害が起こり、尿意や便意も感じにくくなるため、積極的に水分補給を行っていく「水分ケア」を実施する。「食事ケア」は、刻み食ではなく普通食を全員に提供し、食事の楽しさを味わってもらうことを目指す。そのために定期的に歯科受診を行い、適切な義歯を装着してもらっている。「排泄ケア」は全員がトイレで排泄ができるようにすることだ。歩行が困難な人はトイレまで職員の介助を必要とするものの、みな自力でトイレを使っている。「運動ケア」では1日数回「立つ、座る」を繰り返すことで筋力をつけ、転倒予防にもつなげている。
そのほか、車椅子の利用者は食事中やデイルームでは普通の椅子に腰掛けてもらうことで、他の利用者と同じ感覚で過ごしてもらっているという。これらの心配りは利用者の自尊感情を損なわないために行っている。
手書きだった介護記録は20年前からパソコン入力にシフト、クラウドでのデータ一元化が導入の決め手
管理業務の効率化を進めてきた正州会。出退勤記録は自動的に給与計算ソフトに反映され、作業の正確性と時間短縮につながった。
最終的には利用者のほぼ全てが身体的自立を果たし、結果的に職員の負担も軽減されるものの、それまでの細やかなケアは2ヶ月ほどの期間を要し、職員が根気強く行うことが求められるという。だからこそ職員の自立支援介護への十分な理解が欠かせない。また、職員が疲弊してしまっては質の高いケアを全うするのは困難だ。そうした意味で、ケア以外に要する業務の省力化は欠かせない。その点、正州会では20年前から介護記録ソフトを導入し、手間のかかる手書き作業からパソコン入力へと切り替えていた。
導入の際もう一つ重要視したのはデータの一元化だった。そこで、数ある介護ソフトウェアの中でクラウド対応をしているものを選んだ。
「当時の介護記録ソフトはパソコン1台に対してインストールをするものが主流で、そのパソコンでしかデータが見られませんでした。そこでクラウド型のソフトウェアなら有効性が高いと判断したのです」と話すのは木下明久事務長。クラウド上でデータが一元化され、どのパソコンからも閲覧できるため、異なる部屋や別の事業所にいる職員同士が同じ画面を見ながら、電話で打ち合わせすることも可能になったという。また、万一パソコンが故障しても他のパソコンからデータにアクセスできることも安心だった。
多様な勤務体系の職場は客観的な勤務時間の記録が不可欠。労働基準法改正を機に勤怠管理システムを刷新
読み取り機にIDカードをかざして出退勤時間を記録。他者が打刻することがないよう、IDカードは必ず持ち帰るという運用ルールも設けた。
さらに正州会では職員が働きやすい勤務環境の基盤整備を目指し、2019年4月の労働基準法改正を機に勤怠管理システムの見直しに大幅に着手した。
この法改正により、時間外労働の上限規制と、年5日の年次休暇の取得が大企業に義務付けられ、翌2020年4月には中小企業も対象とされた。
「正確で客観的な出退勤の記録が必要でした。そこで、労働基準法の改正をきっかけに、勤怠管理の仕組みを合理的に刷新するべく検討を重ねました」と振り返る木下事務長。それまでの出退勤管理は出勤簿に印鑑を捺印し、時間を手書きで記入するという方法をとっていたが、押印を忘れたり、出勤簿のある事務所への立ち寄り忘れが度々生じ、ユニットリーダーにその都度確認を申請していた。しかも、日勤や早番、遅番など複数の出退勤時間がある複雑なシフトが組まれているため、本人への確認も容易ではなかった。
そこで、出退勤時は玄関に設置したリーダーにIDカードをかざし、客観的なデータを記録できる勤怠管理システムを導入した。
また、システム導入前は労務担当者が出勤簿からエクセルに手入力で転記していたため、照合作業にも時間を要していた。また、入力ミスは給与に直結するだけに作業者には重い責任を負わせてしまう。しかし、新たに導入したシステムでは打刻したデータがこれまで使用していたエクセルのフォーマットや給与計算システムにも自動的に反映される。これにより、データ入力から給与計算まで1週間を要していた作業はわずか1日に短縮された。
利用者の終末期に向き合う現場。見守りセンサーも活用して職員の心理的不安を軽減したい
「看取りが日常的にある現場で、職員の不安感を軽減したい」と話す生活相談課の小堀利行課長
正州会では利用者それぞれに応じたケアを実現するために、見守りセンサーの導入も検討している。
「特に終末期を迎えた方の、脈拍や心拍数の状態を把握するために見守りセンサーを活用できれば、限られた人数で対応する夜間帯、職員の心理的な不安が軽減されると期待できます」と話すのは生活相談課の小堀利行課長。日中普通に生活をしていた利用者が、その日の夜亡くなるというケースもあるという。人の死と日常的に向き合うのは医療従事者以外では介護職員だけだ。しかし、仕事とはいえ看取りは辛くないとはいえない。利用者を頻繁に訪問できないだけに、こうした機器のサポートがあることに小堀課長は期待を寄せている。
合理化・効率化は結果にすぎない、ICTの導入は本来の目的を明確にすることから始めるべき
ICT導入の陣頭指揮をとってきた木下事務長
これまでICTの導入時に陣頭指揮をとってきた木下事務長だが、省力化・合理化ありきで導入を進めることには否定的だ。
「今までICT機器を導入してきて結果的に省力化・合理化されましたが、それありきで進めるのは決していいことではないと思っています。何を目的として導入するかを明確にし、スタッフにも十分に理解をしてもらうことが重要です」と指摘する。
たとえば、ベッドに見守りセンサーを導入したからといって、事務所でモニターだけ見ていればいいというわけではない。省力化のツールではなく、あくまで施設利用者一人ひとりに合った見守りを実現するために、使われるべきだと木下事務長は考えている。
「ICTツールは便利なだけに、誤った使い方をしてしまうと本来の目的を見失います。職員への説明には導入時に最も時間を要するところです」と強調した。
今後の課題としては人材の確保の継続と、多様な働き方への対応をあげる木下事務長。外国人をはじめ、さまざまなバックボーンのある職員も確実に増えていくだろう。
「現在のシステムで全てが解消できるとは思いませんが、アップデートして対応をしていく必要はあります。そういう意味でもクラウド導入は有効でした」と先を見据えている。
尊厳のあるケアを提供できる、介護のプロが求められている
特別養護老人ホーム「愛和苑」。地元のボランティア団体への感謝祭をはじめ、地域に開かれたイベントを実施している。(コロナ禍で一時休止中)
「誰でもできる仕事」と思われがちな介護職。こうした社会の誤った認識が介護職の人材確保の障壁になっているのは確かだ。しかし、正州会のように介護従事者が技術を磨き、社会に欠くことのできない専門職として尊敬されれば、待遇の改善や従事者の増加も実現できるはずだ。さらに「この施設に入りたい」と思う利用者も獲得できるだろう。実際、正州会が年に一度施設内で開催する感謝祭というイベントでは、自立支援介護の事例発表を行った際、入居者の生き生きした姿を目の当たりにした参加者の「将来ここに入居したい」という嬉しい言葉を森施設長は耳にしたという。
しかしながら、介護職の人手不足は正州会も無縁ではない。「職員が増えなければ事業所を増やすのも難しいです。人材募集にもコストがかかりますから、そう簡単にはできません。今いる職員の皆さんを大切にして長く働き続けていただきたいと願っています」と話す森施設長。実際正州会では離職者が少ないという。それは、自立支援介護の導入時もICTの導入時にしても、職員に時間をかけて丁寧に説明し、お互いのコンセンサスと信頼関係を築いてきた実績が物語る。そして結果として、「心豊かに安心して暮らせる」質の高い施設ができるのだろう。介護職員がプライドを持って仕事に従事し、社会の要職として広く認知されるためにも、正州会の取り組みがさらに広がることを願ってやまない。
事業概要
法人名
社会福祉法人正州会
所在地
栃木県那須烏山市三箇183-1
電話
0287-88-0311
設立
1993年4月6日
従業員数
160名(2022年7月現在)
事業内容
特別養護老人ホーム、ユニット型特別養護老人ホーム、地域密着型特別養護老人ホーム、グループホーム、短期入所生活介護、通所介護、認知症対応型通所介護、日常生活支援総合事業、居宅介護支援事業、小規模保育事業
記事タイトルとURLをコピーしました!