新しい感性で江戸切子の世界を拓く ネットショップの売上が大きく伸びた ミツワ硝子工芸(埼玉県)
2023年01月11日 06:00
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「江戸切子」は江戸末期から受け継がれてきた国・東京都指定の伝統工芸品だ。透明な国産ガラスに色を載せ、回転盤で削って文様を施し、手作業で磨いてつやを出す。この江戸切子のグラスや花瓶などを製作・販売しているのが埼玉県草加市の株式会社ミツワ硝子工芸である(TOP画像:同社の製品群を背にする林恭輔代表取締役)。
職人仕事をデータ化し、若い求職者を集める
ガラス問屋で営業や経理を修めた林恒司会長(90歳)が1971年に創業。かつて切子職人は徒弟制度の下で回転盤の回る音を聴き、削った感覚を見て覚えるしかなかったが、恒司氏は持ち前の合理性で、回転盤の回転数や削る時間などのデータを記録しながらデザインに応じた切削方法を編み出していった。
ゼロからでも技術を身につけることができるため、若い求職者が集まり、今も同社の職人10人の平均年齢は30代前半、半数が女性だ。製品は伝統的な赤や瑠璃色のほか、ピンクに青地を載せるなど斬新な色使いが特徴で、文様も伝統柄だけでなく富士山や桜などオリジナル柄が少なくない。「彩鳳(さいほう)」というブランド名で主に大手百貨店で販売されている。
1978年に株式会社化し、息子の浩一郎氏(58歳)が2代目社長に就任。2017年10月にはソフトウエア会社で営業職を務めた浩一郎氏の長男、恭輔氏も入社した。同社が思いもかけない出来事に直面したのは、その直後だった。
弱冠26歳の3代目社長はオンライン販売強化に乗り出すが…
同年12月、浩一郎氏が病に倒れたのだ。余命半年宣告を受け、社長を退任。弱冠26歳の恭輔氏が3代目の代表取締役に就任することになった。新社長はオンライン販売強化に着手した。同社の売り上げは9割近くが百貨店などへの卸業務で、オンライン直販は月10万円程度と微々たるものだったが、「将来のために収益の新しい柱にしたい」と考えた。
ところが、ネットワーク環境に不安があった。「プロバイダーを複数使っていて、ケーブルの配線もめちゃくちゃ。Wi-Fiも社内に導入してはいたがセキュリティ対策ができていなかった」と恭輔社長。「祖父も父もアナログ世代なので、飛び込んできたシステム支援会社の営業さんに言われるまま契約したようで、契約内容をきちんと把握できていなかった」と話す。
オンライン販売サイトの画面をチェックする林恭輔社長
ネットワーク環境を整備し、ECサイトへ出店。外出先からのリモート作業も可能にしネットショップの売上が大きく伸びた
契約を見直してプロバイダーを統一、パソコンの共有データを外出先から確認し、リモートでパソコンを操作できるようにした。2018年からモール型ECサイトに出品し、ネット広告も出した。「ネットショップは日付が変わった瞬間に掲載画像を切り替えたりする必要があるので、自宅から画像データを操作できるのは大きい。ECサイト側と頻繁に行われるオンラインミーティングも本社にいなくてもできる」と恭輔社長。
同社のオンライン販売は今、月300万円に迫る勢いで伸びているが、「既存ホームページの制作会社との契約期間がようやく終了したので、いまはホームページのリニューアルに力を入れているところ。オンライン販売をさらに増やし、将来は売り上げ全体の3~4割にもっていきたい」と語る。
次の課題は販売管理の電子データ化、「手書きからの脱却」をめざす
次の課題は帳簿関係の電子化だ。取引先の百貨店からの注文はFAXで来る。「発注書や見積書が来るわけではなく、いきなり送られてくる」と恭輔社長。同社の製品は月に約2,000ピースにのぼるが、取引先からの業務連絡は全部手書きで、同社内でも製品管理は紙の書類で行われていた。会社員として電子データに親しんできた恭輔社長は「今時、なぜこんなことをやらなければならないのか」と歯がゆく感じていた。
取引先から「在庫いくつあるの?」と問い合わせ電話も入るため、誰かしら事務所にいないといけないのもストレスだった。「できるだけ早く販売管理ソフトを一新し、手書きからの脱却を図りたい」と考えている。
一つひとつ手作業で細かい文様を削り出す
コロナ禍で高価な製品に人気集中、在庫が追いつかない悩みも
同社の売上高は2022年4月決算で約1億8,000万円。2020年は約2億を超え、過去最高だった。コロナ禍で旅行や外出ができなかったため、退職祝いや結婚祝いなどギフトにお金を使う人が増えたからだ。同社の製品は1個約4,000円からあるが、売れ筋は3万円前後。「皆さんあらかじめ決めた予算金額の中からデザインを選ぶ」という。
「昔は手の込んでいない安いものが多く売れたが、いまは高いものから売れる」が、江戸切子の製作は手作業のため、高価な製品は手が込んでいて製作に時間がかかる。数をこなせないため、以前は半年もった在庫が、いまは3ヶ月、製品によっては1週間もたない。この需給バランスをどう是正するかは今後の課題だ。
東京都内にショールームを開設するのも念願だ。「江戸切子の会社なのに埼玉県にあるの?とよく言われるので。都内に窓口を作りたい」と恭輔社長。2023年にはメドをつけたいと考えている。
綿密な検品作業を経て出荷される
将来の夢は江戸切子工房のコンサル
恭輔社長は「私の代のうちに売り上げを3億円にして、少なくとも40代半ばになったら2歳下の弟に社長を譲るつもり」と話す。社長業から手を引き、小さな工房のコンサルタントをやりたいというのだ。
江戸切子業界は高齢化が進んでいる。業界全体で50人前後いる切子職人は80代、90代が大半で、江戸切子協同組合に加盟する約50社の中で実際に稼働しているのは20数社しかない。江戸切子の土台になる国産ガラスを作る工房も年々減って、いまは全国に4社ほどになってしまった。「江戸切子がこのままいけるのかと考えると不安でしかない。カットグラスの技術を絶やさないためにも、時代に乗り遅れているところの手伝いをしなくては」と言う。
斬新なデザインの江戸切子でたしなむ酒は格別だ
若い感性を大切に、早めの「切り替え」が大事
恭輔社長は「伝統工芸品の世界は新しいことに挑戦するのを非常に嫌がる。それをやったら、うちの質が落ちる、ブランドの質が下がると言う。だが、伝統工芸品は大手メーカーの製品とは違う。ブランドに無用なプライドをかけるのではなく若い感性に任せるべき。絶やさないことも大切だが、切り替えも大事だ」と説く。
そして最後に自身の経験から「跡取りがいる中小企業は、早いうちに譲るべきだ。10歳違うと経営感覚が全然違う。とくにうちみたいに急遽交代ということになると非常に苦労する。早めにトップ交代の準備をして事業承継をしていくことが大事だ」と力説した。
事業概要
会社名
株式会社ミツワ硝子工芸
住所
埼玉県草加市小山2-24-22
電話
048-941-9777
設立
1978年4月
従業員数
16人
事業内容
江戸切子製品の製作、卸、販売
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