ICT活用で業務改善とリスクマネジメントを実施、医療・介護をシームレスに提供する 社会医療法人中山会 宝木荘(栃木県)
2023年03月23日 06:00
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団塊の世代が後期高齢者である75歳以上に達する2025年に向けて、国は地域包括ケアシステムの構築を進めている。背景には、少子高齢化が進む一方、介護人材不足や核家族化による介護の担い手不足が解消されない現状があり、このままでは既存の介護サービスだけで高齢者を支えることが困難だからだ。そこで、これまで国が中心となって実施してきた介護サービスを自治体(地域)と双方で支え合う「地域包括ケアシステム」を構築し、地域の関連機関との連携により、生活支援や住まいの提供、介護予防や24時間の見守りなどを目指している。
とりわけ重要なのが医療と介護の連携である。高齢者は病気を抱える人が多く、医療機関との連携が日常的に不可欠だ。地域包括ケアシステムでいう「住まい」とは、自宅での介護(在宅介護)もしくは施設やサ高住など居住系のサービスを指すが、今回紹介する社会医療法人中山会 介護付有料老人ホーム宝木荘は医療法人を母体とする施設であることから、これまで一貫して医療と介護の連携に力を入れてきた。そして2017年からはICTを活用した業務改善とリスクマネジメントに着手し、成果を上げている。地域包括ケアに向けて、ICTはどのような形で貢献できるのか。それは、利用者の望む介護にどう反映されていくのだろうか。(写真は介護付有料老人ホーム宝木荘外観)
専門職員が常駐して24時間365日サポート、社会医療法人が運営母体だからこそ、高齢者が心身ともに安心して過ごせるサービスを提供したい
栃木県宇都宮市西部の閑静な住宅街に施設を構える介護付有料老人ホーム宝木荘。2010年に同市内の鷲谷病院(現在・鷲谷記念病院)が宇都宮市の公募に応じて開所し、2022年12月には社会医療法人中山会と合併して現在に至る。利用者は現在45人、平均年齢は90.7歳で介護度2〜3の人が多くを占めており「自分の子どもに迷惑をかけたくないから」と入居する人が数多くいる一方、共同生活を営める程度の状態であれば認知症でも入居が可能だ。また、看取りにも対応しており、文字通りここが終の住み家となる人も多いという。
看取りに対応できるのは、この施設の運営母体が医療機関であるからだ。ケアマネジャーをはじめ、生活指導員、理学療法士、看護師、介護士、調理師、栄養士など専門職のスタッフが常駐し、利用者を24時間365日サポート。なおかつ、提携医療機関から週1回医師が訪れて診察や相談ごとに応じ、検査や入院の指示があれば即時対応する。
また、通院には看護師が付き添い、夜間の緊急時にはオンコール体制により、当直介護職員から看護師に現場の画像も含めた情報が即座に飛ぶ。このように、必要に応じたワンストップの対応と情報共有が可能なのはICTツールの恩恵だという。
情報の記録・集約を効率的に実施できるネットワークシステムの構築から着手。重視したのはBCP対策とリスクマネジメント
高齢者施設において、入居者のさまざまな個人情報の「記録」と「集約」は、施設の経営や入居者へのサービス提供に関わる最重要事項だが、近年では多発する災害やサーバー攻撃への対策が不可欠になっている。そこで、最近では情報を自社サーバーからクラウドに移行するケースが増えている。宝木荘では2017年に施設内ネットワークの構築を実施する際、Wi-Fiとクラウドも一体的に導入した。導入のおよそ1年半前から情報を集め検討を進めてきた大垣治彦施設長は、当初から情報はクラウド上で集約することに決めていたという。
「最も重要視したのはリスクマネジメントです。個人情報の漏洩防止はもちろんですが、災害時の停電や自社サーバーの破損によって情報が引き出せなければ業務に支障が出ます。その点、クラウド上に情報があればスマートフォンでアクセスすることもできます」と話す。ケア記録をはじめ、バイタル記録やセキュリティカメラの画像など、利用者に関わるすべてのデータはクラウド上に集約されており、施設以外の場所からも閲覧することができる。その効果は新型コロナウイルス感染症拡大下でも、いかんなく発揮されたという。
「職員が濃厚接触者になると施設に出勤できませんが、在宅でもクラウドの情報にアクセスできるので助かりましたね」と大垣施設長は振り返る。
さらに、過去の情報にアクセスする際もクラウドは強みを発揮した。「たとえば、過去の『転倒』記録を見たい時、以前は1件1件データを探していましたが、今ではキーワードと年月で検索すればすぐに情報をピックアップできます」とクラウドのメリットを感じている。
情報連携型コミュニケーションアプリの活用で、職員・他職種・家族間の情報提供や連携がスムーズに
地域包括ケアシステムの運用が開始されれば、地域の各機関との情報連携が不可欠だ。その際にもクラウドを活用したネットワークシステムは有効に働くと大垣施設長は見据えている。そこで2020年にIT補助金を利用して導入したのが、情報連携型コミュニケーションアプリだ。スマートフォンやタブレットにアプリをインストールすれば関係者間でメッセージのやり取りや情報提供ができ、既読機能もある。
施設内では職員への個別連絡や全員への一斉配信なども選択できるため、紙ベースで回覧していた頃よりも早く、確実に情報が届くようになったという。また、医療機関への利用者に関する情報提供や確認にも利用されている。さらに、利用者の施設での様子を家族に写真付きで送れるため、日中は仕事をしている家族でも空いた時間に見てもらうことが可能だ。電話と違って折り返し連絡をしなくて済むので負担感もない。
転倒リスクの高い入居者には離床センサーを設置、転倒防止と即時対応に効果を発揮。センサーの集めた情報もクラウド上に集約
ICTの活用により、現場のリスクマネジメントと業務の効率化を進めていった大垣施設長。2020年にはさらにIT補助金を活用して離床センサーを導入。職員へのインカム支給も2回に分けて実施した。
離床センサーは利用者が立ち上がると2台のセンサーが反応して職員にアラートで知らせるもの。認知症で徘徊をする人や、転倒リスクが高い人の行動にいち早く気づいて職員が駆けつけ転倒を防ぐ、もしくは転倒してもいち早く対応することを目的とするものだ。
宝木荘ではWi-Fiによる通信ネットワークを構築しているため、現場では効率的な対応がとられている。まず転倒したら、当直の介護職員が駆けつけ、状況に応じてオンコール体制の看護師に連絡をし、スマートフォンやタブレットで現場画像を送り、状況を説明する。看護師は出動前に状況を確認できるため、対応方法を判断できるという。
現在、宝木荘では離床センサーとスマートフォンが連動するシステムの実証実験に手を上げている。今後それが導入できれば、すでに構築されているネットワークを活かして、離床センサーの記録や画像がクラウドの記録システムに自動的に記録される。「今まではメモに書いてパソコンで入力していましたから、時間的にも効率アップになるでしょう」と大垣施設長は期待を寄せる。
インカムの導入で現場の状況を職員全員が共有。急なヘルプにも素早い対応が可能になり、時間短縮で利用者に恩恵
また、2020年に導入したインカムはスタッフの行動に大きな変化をもたらした。
「スタッフ同士が連絡を取り合う際、以前はPHSを利用していましたが、介助中で両手がふさがっていて、すぐに出られないこともありました。その点インカムは職員全員が通信内容を聞いているので、誰かが対応できます。使い勝手にしても、電話番号を押す手間がなくなり、両手がフリーになるので作業がしやすいですね。また、防水仕様なのでお風呂場でも使用できます。入浴介助中に次の作業を引き継ぐ職員に連絡ができるので、利用者さんのご満足にもつながりました」。
導入前には一部のスタッフから「操作方法や使うタイミングがわからない」など不安の声もあったそうだが、試験的に現場で使用してみるとその利便性をスタッフ自ら実感し、その後はスムーズな導入に至ったという。
また、事務所ではステーションタイプの端末が設置されており、リアルタイムにインカムの会話が聴こえているので異変に気が付きやすく、職員の安心感にもつながっている。情報共有とスムーズな連携、これらはリスクマネジメントのみならず、その先の地域包括ケアにも必須となるだろう。
コロナ禍も後押し。今では全職員がICTに抵抗がなくなり、自分たちなりに応用力を高めて活用の幅が広がった
「ネットワークを構築してから6〜7年かけて取り組み、おかげさまで全職員がICTに抵抗がなくなってきています。行事の写真で動画を作成したり、ちょっとしたお知らせのチラシも職員が作っています。コロナ禍でICTのツールを自分なりに応用して使うようになり、ICTのリテラシーは着実に高まっていますね」と大垣施設長は手応えを感じている。導入した当初、大垣施設長は毎日のようにスタッフに声をかけ、使用方法についてはリーダー格のスタッフが積極的に発信し、徐々に浸透していった。
着実にICTを導入し、実績を上げている宝木荘だが、導入までには2年の時間をかけて調査・検討を進めてきた。まずは県内で需要の高いベンダーを調べ、福祉機器の展示会に出向いたり、メーカーの研修に参加して使い勝手を調査。導入済みの施設に足を運んで利便性を直接聞くこともあったという。クラウドを導入しているかも選定時の必須事項だった。当時は自社サーバーが主流でクラウドを導入しているメーカーが少なかったのだ。
また、メーカーによって訪問系に強みのあるメーカー、施設系が強い、などそれぞれの特色があるため、見極めも必要だった。大垣施設長は居宅と医療機関の連携がどこまでできるかを重要視したという。ベンダーを4〜5社に絞ると、次に職員の中からリーダーを決めて展示会に同行してもらい、メーカーの営業担当者を招いてデモを依頼した。
導入の決め手は明確だった。「地域包括ケアシステムを視野に入れていたので、まずはそれが基準でした。まだそこを視野に入れていないメーカーもありましたので、どこに重きを置いているのか調べるうちに見えてきましたね」。また、いつ頃導入をするかという目標設定を立てることも必要だと付け加えた。
今後はAIを活かした介護DXに期待したい。データ分析による行動予測で業務が効率化できれば、利用者にも職員にもメリットが
「将来的にはAIを活かしたDXを進めたい」と意欲を示す大垣施設長は、AIをツールとして使いながら、利用者が満足できる生活を提供したいと願っている。「利用者一人ひとりに、24時間の中でそれぞれの身体的なリズムがあります。その情報を見守りセンサーなどで集約して予測できるようになると、介護職員や訪問医だけでなく、ご家族も効率よく動けるでしょう。これはきっとビッグ産業になりますよ」と断言する。
その介護業界もあと20〜30年後には変化が訪れる。高齢者が減少に転ずるのだ。大垣施設長は障害者のための施設の少なさを指摘し、いずれは障害者に対応できる形にシフトすることも視野に入れている。それは、地域包括ケアシステムの枠組みの延長線で実現できるだろう。
利用者一人ひとりに物語がある。その人の背景を理解し、自らも一緒に育っていく介護を目指したい
看取りに対応している宝木荘では、日頃交流のあった入居者が亡くなった人をお見送りすることも多いという。「ご高齢の方でも死は不安なことだと思いますが、見送ることで『死』という現実に順応していかれるようです。それは認知症の方でも変わりません。80年、90年と生きている方ってすごいな、と思います」と話す大垣施設長は、老いてゆく人から学ぶことが多いという。
「それぞれの方には、ここに来るまでの人生の物語があります。利用者に間近で寄り添い、物語の背景を知ると、行動の意味が理解できます。すると、介護が苦労ばかりではなくなるのです」。
介護とは「してあげること」「与えること」と思われがちだが、介護する側も与えられ、育てられていると大垣施設長は感じている。そして、「介護職はやりがいのある仕事。だからこそ誇りに思える職場にしたいのです」と心から願っている。
高齢者の心の中に秘められた数多くの物語。それは数値として計測はできない心のデータだ。それらの物語もビッグデータとしてAIで分析されることで、よりよい介護に反映されるかもしれない。目には見えないデータを生かすべき時代はすぐそこに来ている。
事業概要
法人名
社会医療法人中山会 介護付有料老人ホーム 宝木荘
所在地
栃木県宇都宮市宝木町2丁目1090-27
電話
028-666-7606
設立
2010年4月
従業員数
42名(パート含む)
事業内容
介護付有料老人ホーム
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