社会インフラの測量・設計・点検会社だからこそICT導入は10年先を見越して構築する 櫻エンジニアリング(福島県)
2023年04月05日 06:00
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社会でICTの活用が進むにつれ、企業における情報のセキュリティ対策は一層重要度を増している。とりわけ官公庁から受託する公共事業においては、取り扱う情報が公共の資産であるため漏洩(ろうえい)や滅失は許されず、情報の取り扱いにはさまざまな規定が設けられている。
今年設立5年目を迎えた株式会社櫻エンジニアリングは、橋梁や道路といった社会インフラの測量・設計・点検などを手がける建設コンサルティング会社だ。2021年に社屋を竣工した同社は、社屋設計当初から機器やソフトウエアの導入計画を行い、事業の効率化とともに安全な情報管理とBCP対策を進めてきた。それは社会インフラを維持するという使命を全うするためである。
一方で、システム化されたセキュリティ対策は、社員が安心して働ける職場環境をも創出するという。今、セキュリティ対策を講じる事業者には何が求められるのか。櫻エンジニアリングが社屋建設とともに進めてきた、ICTを活用した社内システム構築から浮かび上がるのは、規律をもって多様性を尊重する誠実な企業の姿だった。(TOP写真:大島高昭代表取締役。背後のパネル写真は櫻エンジニアリングが手掛けてきた事例)
自分たちの仕事が社会に必要とされている、と再認識。「お客様に要求以上の満足を与えたい」と一念発起して起業
櫻エンジニリアリングでは橋梁(きょうりょう)など社会インフラの設計・点検を数多く手がけている
福島県郡山市に社屋を構える株式会社櫻エンジニアリングの会社設立は2017年8月。大島高昭代表取締役は建設土木会社で現場業務に携わった後、測量・設計会社で技術職に着任。その後勤めた建設コンサルティング会社では営業職を長年務めており、土木業界において通算30年超に及ぶキャリアを積んできた。
そんな大島社長が起業を志す転機となったのは、2011年3月に発生した東日本大震災だった。地震発生直後の土日で社内の片付けを済ませて待機している最中に国からの支援要請、週明けからは郡山市役所からの支援要請があった。大島社長はその時改めて、自分たちの仕事が社会の役に立っているのだと実感したという。「自分たちの仕事が役に立っていると、それまでも思ってはいましたけれど、商売のことを抜きにしてでも未曽有の災害に対して役に立ちたいと、強く思いました」と振り返る。
しかし、当時は会社組織の一員であり、自分の裁量でできることは限られていた。そこで「自分で会社を作ればお客様の求めるもの以上の満足を提供し、なおかつ社員にも満足を与えられる。そんな理想の建設コンサルタント会社を作りたい」との決意を固めて起業に向けて動き出した。
インフラの長寿命化に特化・対応できる会社を目指す
株式会社櫻エンジニアリング社屋外観
大島社長が会社を設立した2年後の2019年には、台風19号により地元の道路や河川などが被害を受け、櫻エンジニアリングは関係各所から災害査定の依頼を受けた。緊急事態につき、すぐに現場に駆けつけるよう要請され、数多くの測量と設計、見積もりをこなしたという。当時は社員数5〜6人だったが、1ヶ月ほどは土日返上で徹夜もいとわず対応した。
大島社長は「インフラを守り、人々の生活を守る」を使命として掲げ、インフラの長寿命化と、上下水道による水環境の整備を事業の2本柱として会社をスタートさせた。その他、道路や河川も手がけており、大規模なダム以外はほぼ対応可能だ。とりわけ櫻エンジニアリングが数多く手がけているのが橋梁(きょうりょう)点検だ。今、日本中の橋梁は作ってから約半世紀が経過し、劣化が進んで社会問題となっている。点検用の通路もなく、作って終わりだった時代の橋梁の点検は時に困難を伴うそうだが、今後作られるインフラはメンテナンスを重ねて長く使える設計が求められる。櫻エンジニアリングはその期待に応えていく構えだ。
ところで、こうした公共事業を手がけるためにはおおむね入札が行われるが、入札に参加するには建設コンサルタントの部門登録が必須だ。登録には工学系の国家資格を有する管理技術者の在籍が求められる。櫻エンジニアリングでは上下水道部門(下水道)の技術士、建設部門(道路)の技術士、建設部門(鋼構造及びコンクリート)の技術士を有しており、部門登録を果たしている。こうして、官公庁からの仕事が徐々に増える一方、公共の情報を取り扱う責務として、情報に対する危機管理も強く求められるようになっていった。
「おしゃれで壊れない社屋」はセキュリティ対策も堅牢に築く。「決まり」と「仕組み作り」で情報流出を防ぐことが重要
シンプルでクールな外観に対して木材も多用した温かみのある内観。ロフトも配し、開放的な空間が広がっている
2021年には櫻エンジニアリングの社屋が落成した。会社を設立して4年目のことだった。
「おしゃれで、なおかつ壊れない事務所を目指した」と語る大島社長が最も重視したのは耐震性だった。東日本大震災の体験から基礎工事に注力する一方、美しさと機能性も追求した。シンプルで洗練された外観は一見すると建築設計事務所かデザイン事務所のようなクリエイティブな雰囲気を創出している。「建設コンサルタントって地味な業種で一般の人にはわかりにくい。だからこそ、普通の事務所っぽくするのはやめたんです。『ここってなんの会社?』と思われる方が面白いでしょう」と微笑む大島社長は、ここに来るのが楽しくなるような空間作りを目指したという。
その一方で、セキュリティカメラなど防犯機器の設置はもちろんのこと、情報セキュリティには万全の対策を講じたという。折しも新型コロナウイルス感染症によるテレワーク対応を迫られ、一時は全社員対象のテレワークを実施した。「公共の情報を個人のパソコンで扱うわけにはいきませんし、そもそも業務のために社員に負担をかけたくありません」。そう判断した大島社長は補助金を活用し、25台のパソコンを導入。モニターも追加して社員全員に貸与した。
情報のセキュリティ対策としては、さまざまなセキュリティ機能を併せ持つ統合型脅威管理「UTM」を導入し、簡易サーバーに保管した情報の出入り口で不正アクセスをシャットアウトしてきたが、2022年にはさらに強固なセキュリティ対策を目指して新たにIT運用管理ソフトのクラウド版を導入した。このソフトでは、社内のパソコンにおけるログ追跡や、不正操作への注意喚起・閲覧制限のほか、USBデバイスへの使用制限をかける機能があり、不正なファイルの持ち込みや持ち出しを防ぐことができる。アクセス権限の設定は大島社長に一元化されており、社内にいなくてもログの確認や管理が可能だ。また、クラウド版のため、サーバーを導入する必要がないのも利便性が高い。
情報セキュリティ対策のポイントは、「決まりを作ること」と「システムで制御すること」だと説く大島社長。「心の隙間を作らせない仕組みが大切です。情報流出が起きるのは会社がきちんと統制していないからです。自由な中にも決まりがあり、やれることとやれないことが明確になれば社員も安心できますし、さらにシステムで制御できればより安全です」。
予定管理はグループウエアで情報共有。社内コミュニケーションはメールとチャットを使い分け。勤怠管理は顔認証のデジタルセンサーで
即時に体温計測ができる高感度の顔認証のデジタルセンサー。勤怠管理のシステムにも連動しており、データはクラウドに集約される
櫻エンジニアリングは新社屋に移る際、さまざまなICTツールを導入した。その一つが予定管理機能を持つグループウエアだ。社員数が増えるにつれ、スケジュール共有や社内文書の閲覧・連絡をスムーズに行うには紙ベースよりデジタルデータのほうが有効だった。メールやチャット機能もあり、スピーディーな連絡ごとにはチャット、個人特定の連絡ごとや正式な連絡にはメール、全員に告知する情報は掲示板、と使い分けられている。また、勤怠管理には高感度な顔認証のデジタルセンサーを使用。認証データはクラウド上で管理され、新型コロナウイルス感染症対策と勤怠管理が一体的に行えるようになった。
電子黒板で会議の質が向上。無線LANの設置箇所を社屋設計時に検討し、社内のどこでもつながる通信環境を構築
電子ホワイトボードには直接書き込みができ、保存や出力も可能だ。無線LANの活用により、各自のパソコンの画面を共有することもできる
同じく新社屋から導入したのが80インチの電子黒板(IWB)だ。通常のモニターとの大きな違いは、無線LANを介して会議の参加者が、各自のパソコンで電子黒板のデータを共有できることだ。機能的な面では画面に直接書き込みができ、保存もできる。さらに、会議の際、参加者のパソコン上のデータを電子黒板で開くこともできるため、紙ベースの資料も不要となり、リモート会議でも情報の把握が容易になった。同社では図面を開いてミーティングすることも多く、大島社長は「社員への指導・教育にも使える」と導入のメリットを感じている。
このように社内で活躍している無線LANは社屋設計時からワークスペースに応じた設置計画が行われており、社内のどこにいても通信がつながりにくいということがない。そのほかの機器も設計時に配置計画を入念に検討したそうだ。「後から機器を追加したり、外付けしたりは嫌だったんです。最初からベンダーさんに入ってもらったおかげで、使いやすい環境が構築できました。これは自慢できますね。ただ、想定外にスタッフが増えたので、電子黒板の配置場所が変わってしまいましたが」と苦笑する。
ICT導入のポイントは、先を見越したスペックを備えておくこと。提案力のあるベンダー選びとアフターサービスの対応力が重要
図面を広げながらの作業が多く、モニター2台使いが主流だ
「とにかくお金がかかりますが、セキュリティについては躊躇(ちゅうちょ)なく対策を講じるべきです」と語る大島社長。社屋落成と同時にさまざまなICTの機器やソフトウエアを導入してきた大島社長だが、設備投資には多額の費用が生じるからこそ、その都度導入するのではなく、10年先を見越した導入計画を検討すべきだと考えている。一般的にパソコンの入れ替えは5年、ソフトウエアもおおむね1年ごとにアップデートがあり、保守管理費も発生する。また、進化が著しいソフトウエアを使用するためには、ある程度のスペックを備えておく必要もある。そのため、最適なソリューションを構築してくれるベンダーの提案力やアフターケア対応を重要視しているという。
「私たちは次世代の人たちを相手に商売していかなければならない。だから自分の常識だけでは判断できないこともあります。最新の知識を専門家から吸収し、10年ぐらい先を見て構築すべきでしょうね」
土木業界の熟練技術者減少に備え、ICTに期待するのはノウハウをデータ化して蓄積し、教育に生かすこと
櫻エンジニアリングの大島社長と社員
今年度、櫻エンジニアリングでは福島県(郡山・磐城管内)の国道における橋梁点検業務を受注し、現在進行中だ。一般的に自治体から受託する橋梁点検業務の1業務当たりの対象橋梁数は30橋程度だが、今回の対象橋梁数は約250橋にも及ぶ規模の大きい事業だ。期間は2期2年間。今年度すでに150橋を社員総出で対応したという。総合評価方式の入札で応札し、県内企業で単独で国直轄の橋梁点検業務にあたるのは櫻エンジニアリングのみということから、全社を挙げて前進する同社の力強さを感じる。インフラ長寿命化を社業の柱に据えて歩んできたこれまでの実績の積み重ねといえるだろう。
このように定期的な点検とメンテナンスを要するインフラ設備だが、今後熟練の技術者たちが退職し、人手不足が見込まれることから、インフラの安定的な維持管理が危惧されている。そこで大島社長が期待を寄せるのがICTの活用による技術継承だ。「かつてバリバリ働いたベテラン世代がいなくなると、その人の脳の中にあるノウハウをいかに社員に伝えるかが課題です。そこで、それらをパターン化し、ノウハウをデータとして蓄積して、いかに効率よく教育していくかが求められるでしょう」。
さらに、現在活用が見込まれているのが、危険な現場におけるICTの活用だ。先述の橋梁点検の現場の多くは50年ほど前に作られたものがほとんどだが、その多くは点検のことまで考慮して作られておらず、目視での点検が必要にも関わらず足場が組めなかったり、重機のアームが届かなかったりするという。国は新技術の導入を推奨しており、こうした場所にはドローンが活用され始めているというが、大島社長は「新技術の活用はまだまだ始まったばかりと言えるが、今後は進歩が飛躍的に加速し活用の場面は増えていくだろう」と感じている。
「点検の仕事においては、危険を冒さずにできるシステムが欲しいですね。こうしたシステム構築のためのアイデアを提供するのも私たちの仕事だと思っています」。
女性も活躍できる環境を作る。ニーズに応じた対応で多様性を受け入れていきたい
櫻エンジニアリングでは女性スタッフも活躍。大島社長も女性の可能性に期待を寄せている。
今や世界中で注目されているSDGs。持続可能な社会の実現に向けた取り組みは、インフラ維持への貢献や多様な人材の活躍を目指す櫻エンジニアリングが創業以来取り組み続けてきたテーマでもある。とりわけ、大島社長は女性の可能性に期待を寄せている。「SDGsの目標にはジェンダー平等がありますが、体力は別にして能力に男女の差はありません。ただ、皆さまざまな家庭環境を背景に持っていますから、企業が目指すような活用はすぐには難しいかもしれない。だから私の仕事は理想を掲げること、そして、やりたくてもできない人をフォローすることだと思っています」と意欲を示した。
「今後3年間は成長期、社員も増えるでしょう」と今後を見据える大島社長は、「ICT環境は整ってきているが、人間関係はより重要」と考え、人が増えてもあつれきのない社内環境を維持・確立していきたいという。モットーは「多様性を受け入れ、フェアであること」、そして「社会インフラ維持の重要性を認識すること」だ。それを社員にも自らにも課し、事業を通じて社会への責務を果たそうとしている。
「時代が変わり、働く人たちの考え方が変わってくると、企業は制度だけではなくシステムのあり方も変わるでしょう。一番新しい世代の考え方も取り入れていかないといけません」と結ぶ大島社長。その言葉には、「社会インフラを未来に引き継ぐ」という使命を果たそうとする、揺るぎない意志がみなぎっていた。
事業概要
法人名
株式会社櫻エンジニアリング
所在地
福島県郡山市島1-22-30
電話
024-953-6830
設立
2017年8月
従業員数
18名
事業内容
土木設計業務、各種インフラ点検調査診断、測量業務、調査業務、建設事業全般に関するコンサルティング業務
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