介護記録をデジタル化し、厚生労働省のLIFEに初年度から参加。選ばれる福祉施設を目指す ゆいの里(長野県)
2023年06月29日 06:00
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長野県飯田市にある社会福祉法人ゆいの里(理事長・大原泰一氏)は高齢者、障がい者、乳幼児のそれぞれを対象にした福祉施設を運営している。地域住民からの要望を受けて、地域住民の手によって生まれてきた法人だけに、普段から施設の利用者と地域住民との交流を心がけており、交流の場となる喫茶店やサロンを運営しているほか、施設の日常を伝える広報誌を3種類も発行している。厚生労働省の科学的介護情報システム(LIFE)に運用開始初年度の2021年度から参加するなど、利用者に対するサービス向上と職員の働き方改革に向けて、ICTの導入にも積極的に取り組んでいる。(TOP写真:介護記録をタブレットに入力)
飯田市龍江地区の住民の要求と運動によって特養が生まれる
ゆいの里を紹介するパンフレット「ゆいらしく」を開くと、「ゆいの里の理念」として、「ゆいの里は、人として尊重され、安心して暮らし続けたいという地域の要求と運動によってつくられました」という冒頭の一文が目に入る。
「これがまさしく、ゆいの里の特徴を表した言葉です」。飯田市龍江(たつえ)にあるゆいの里の本部で、篠田淳治専務理事はこう話す。
「ここ龍江には高齢者に関する事業を行う施設がまったくなかったんです。そのため、地域の会合や集まりの場などで、龍江にも高齢者施設が欲しい、高齢者施設をつくろうという声が次第に高まり、地域の方々や龍江出身で東京など遠方にいる方々からも広く寄付を募り、自分たちの手で、まず特別養護老人ホームをつくったのです」。
「地域住民によってつくられた施設」と話す篠田淳治専務理事
地域住民の熱意によって多くの設立資金が集まり、借入金なしで事業開始に漕ぎつけられたという。社会福祉法人設立が1999年3月。2000年1月には特養「ゆい」(58床)が事業を開始し、地域密着型のデイサービスセンター「およりて」(定員18人)、ショートステイ「ゆい」(14床)が順次、同じ建物内で運営を始めた。法人の本部もここに置いている。
龍江地区は名勝、天龍峡の東側に位置しており、特養などがある同施設の風呂には天龍峡温泉を引いている。この施設を発祥の地として、その後も、地元住民の要求に応える形で、順次、福祉施設を増やしていった。
現在、龍江地区には特養などが入る建物のほかに、居宅介護支援や介護相談を行う施設、それに障がい者支援センター(就労継続支援B型事業所、定員14人)と喫茶店、多目的サロンの3種類の機能を備える施設がそれぞれ少しずつ離れた場所にある。また、天龍峡を挟んで西側に位置する飯田市川路(かわじ)地区の住民や行政の要求にも対応。行政措置による高齢者を受け入れる養護老人ホーム「ハートヒル川路」(100床)、デイサービスを行う「かわじデイサービスセンター」(定員35人)、それに1、2歳児を対象とする保育施設「川路おむすび保育園」(定員10人)の3つが川路地区に点在しており、保育施設と同じ場所には2023年4月に地域包括支援センター「飯田市かわじ地域包括支援センター」もオープンした。さらに、龍江、川路の両地区から車で30分ほど離れた飯田市鼎(かなえ)地区にも障がい者支援センター(生活介護事業所、定員6人)がある。
名勝天竜峡
特養の入居者と職員が一緒に食事。家族や地域住民に広報誌で情報発信
「ゆいの里の理念」には、「利用する人・住民の立場にたち、平和と生存権・基本的人権を守り発展させる事業と運動をすすめます」との一節もある。篠田専務理事によると、例えば特養の入居者が食事する際には、家庭にいれば家族と一緒に食べるのが当たり前という発想から、介護、厨房、事務などすべての部署の職員が入居者と同じテーブルで同じものを一緒に食べるようにしているという。また、「単に事業を安定して経営するだけでなく、より良い社会福祉制度に変えていけるように運動していくというところにも、私たちは力を入れています」と強調する。
その一環として、職員の手による毎月発行の広報誌が3種類もある。まず、A4版8頁の「ゆいの里」。事業開始後の間もない時期からスタートした小冊子で、ゆいの里の全施設を対象に、利用者や職員の動向や地域の交流会などのお知らせが掲載される。毎号約1,800部を印刷し、利用者とその家族をはじめ、ゆいの里に協力してくれる人たちで組織する「ゆいの会」のメンバーや協力関係にある病院、金融機関などに配布している。
残りの2種類はデイサービスセンター「およりて」の職員が制作している「およりて新聞」と、かわじデイサービスセンターの職員が制作している「かわじの丘」だ。いずれもA4版1枚2頁に写真をふんだんに散りばめて、デイサービスセンターのイベントなどを楽しむ高齢者らの姿を伝えている。それぞれ約60部と約150部を発行。「かわじの丘」は利用者の家族だけでなく、回覧板などを使って地域で広く読まれているそうだ。ちなみに、「およりて」は飯田弁で「お寄りください」という意味だ。両誌ともホームぺージにバックナンバーがアップされている。
3種類の広報誌を毎月発行
龍江地区で経営する喫茶店は、障がい者と地域住民との交流の場となる。多目的サロンと併設することで、「福祉の広場」的なスペースにしていく方針だ。
特養と地域密着型デイサービスとショートステイが同じ建物内にあるのも特徴的で、デイサービスやショートステイを利用していた高齢者が特養に入居する例も多く、利用者にとっては要介護になっても、通所で慣れ親しんだ場所に入居できるという安心感がある。
また、介護職を目指す学生の教育実習も毎年受け入れており、実習に来た学生がゆいの里に就職するケースも多いという。
職員の働きやすい環境づくりを目指し、ICTを積極的に導入
「利用者さんたちが安心して過ごせるには、どこを改善すべきかということを土台に置いて事業展開するとともに、職員の働きやすい環境づくりに向けてもいろいろと工夫しており、職員の意見を集約しながら、ICT導入にも先進的に取り組んできました」と篠田専務理事は語る。
まず2019年に財務会計ソフトと勤怠管理システムを導入。約180人いる職員の給与計算や勤務シフト表集計作業を大幅に簡素化した。ゆいの里の牧内真(まこと)事務長は「給与計算も勤務表も膨大な時間がかかる大変な作業でしたが、今は本当に早く簡単にできるようになりました」と振り返る。
業務ソフトの導入で職員の手間が大幅に簡素化できたと話す牧内真事務長
給与計算は職員一人ひとりが自分でタイムカードを確認しながら書き込んだ伝票を経理担当者が手書きで集計していた。給与明細書も全員に封筒に入れて渡していたので、封入作業が結構な手間になっていた。今は職員が出退勤時に非接触型ICカードで打刻しておけば、自動的に計算されるので集計する手間は不要だし、給与明細も職員それぞれの持つスマートフォンの画面に表示されるので、経理担当者は封入作業から解放された。
勤怠管理システムで勤務シフト表集計も簡単に
特養などの高齢者施設の入居者や利用者の日々のバイタルサインをはじめ、食事、排泄、睡眠といった介護記録の入出力やバックアップをデジタル化したのは2020年。介護記録から介護報酬請求まで介護関連業務を一括して処理できる介護ソフトウェアを導入した。牧内事務長は「いずれこういう時代が来るとわかっていたので、早めに準備していこうと思ったのです」と話す。
「こういう時代」というのは、厚労省が介護報酬改定と合わせて2021年4月からスタートしたLIFEに象徴されるように、介護事業のデジタル化が一気に進むことだ。ちなみにLIFEというのは、厚労省によると「介護サービス利用者の状態や、介護施設・事業所で行っているケアの計画・内容などを一定の様式で入力すると、インターネットを通じて厚労省へ送信され、入力内容が分析されて、当該施設等にフィードバックされる情報システム。介護事業所においてPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回すために活用するためのツール」とされている。
LIFE参加へ向け介護ソフトをクラウド型に更新、Wi-Fi環境も整備
ゆいの里では、それまで手書きで記入していた介護記録をタブレット端末で入力するようになった。LIFEに初年度から参加するためだ。事前に1年間介護ソフトを使ってから、さらに介護ソフトの使い勝手をパワーアップした。施設内のWi-Fi環境を整備して、介護ソフトを自社サーバー型からクラウド型に変更したのだ。かつて同施設が浸水被害にあったこともあり、BCP(事業継続計画)にも配慮したという。
オープンルームの天井にWi-Fiルーター
自社サーバー型だとバージョンアップの際に自分でパソコンを操作する必要があるが、クラウド型は自動的にバージョンアップされるので楽になったという。また、例えば食事の栄養など、複数の入居者に共通した項目を一括して入力できるのも助かるという。これは、もともと同じソフトなので自社サーバー型にもあった機能だが、クラウド型になって気づいたそうだ。
LIFEのフィードバック情報は数字のみ。今後に期待
肝心のLIFEの効果はどうか。ゆいの里から送信したデータに対し、PDCAサイクルを回すための情報が得られているのだろうか。
実は、牧内事務長は少し当惑ぎみだ。「厚労省からフィードバックされる情報というのは、全国平均とかの数字の羅列だけなんです。その数字をどのように分析し、個々の利用者さんのケアにどう反映していけばいいのかという判断が難しいところなんです。『あなたの施設はここを頑張りましょう』みたいな具体的な指示をいただければわかりやすいのですが…。そこが一番の悩みですね」。
オープンルーム。LIFEを個々の利用者のケアにいかに反映できるかが課題
厚労省にも同様の意見が多数寄せられているようなので、今後の改善が期待されることころだ。
介護ソフトを自社サーバー型からクラウド型に変更したのを機に、財務会計ソフトもクラウド型に変え、共有ファイル用サーバーもNASに置き換えた。
2023年5月には、特養とショートステイのナースコールシステムを有線型から無線型に切り替えた。これによりゆいの里のデジタル化が更に進んだ。
「これからどんどん人口が減っていき、福祉施設が淘汰される時代が来ると思います。地域の方々に寄り添い、人権を尊重して、家庭で過ごしているようなサービスを受けられるという私たちの特色にさらに磨きをかけることで、“選ばれる”施設にしていかないといけません」。篠田専務理事は、ICT化推進がそのための有力な手段になると考えている。
ゆいの里の本部や特養などがある建物
企業概要
法人名
社会福祉法人ゆいの里
所在地
長野県飯田市龍江7159番地1
電話
0265-27-4600
設立
1999年3月
従業員数
180人
事業内容
特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、老人デイサービスセンター、老人短期入所事業、老人居宅介護等事業、障害福祉サービス事業、事業所内保育事業 、地域包括支援事業
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