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メディア学の権威、東京大学名誉教授が斬る。「紙」×「電子データ」は共存できるか 第3章:電子データとはなにか 尾鍋史彦

  • 第1章:はじめに(総論)
  • 第2章:紙メディアとはなにか
  • 第3章:電子データとはなにか
  • 第4章:まとめ

第3章:電子データとはなにか

パソコン・プリンター・複写機・スキャナー・ファクシミリ・モニターなどの情報機器で扱うテキストや画像の情報は電子データから成り、電子データとして処理・表示・記録・記憶される。電子データとはデジタルデータであり、情報の加工・複写および記憶装置への格納を可能にし、またネットワークによる情報の高速な伝送を可能にする。これは電子データが紙メディアのような物理的実体を持たず、不可視であり、保存のためのスペースが不要だからである。

電子データは紙メディアでは
得られない多くの特徴がある。

1. メディアとしての電子データの本質

電子データはデジタルで、情報が離散的(不連続)な数値、すなわち(0,1)という二進法で表現され、複製が容易であり、変換や伝送などの信号処理の過程でデータの劣化が少なく安定であるという特徴がある。また情報の変換や加工が容易なために、電子データによる情報は柔軟で可塑性に富むという言い方もされる。コンピュータや複写機をはじめとするデジタル情報機器では文字も二進法で数値化して扱い、アルファベットは8ビットで扱うが、漢字は文字の数が多いので16ビットで扱う。また電子データの目録を作成しておくことにより情報の容易な検索が可能となる。さらに電子データをモニターなどの電子的表示装置を用いて文字や画像として表示すると、静止画像や動画像に加え、音声も扱うことが出来る。すなわち、電子データはマルチメディアの表現や保存に適しているなど紙メディアでは得られない多くの特徴がある。

カラー複合機は、アナログ情報とデジタル情報の
巧みな変換と利用の組み合わせにより
多彩な機能を実現している。

2. アナログとデジタルの変換と融合が生み出す
    複合機の多彩な機能

情報機器では連続的なアナログデータ(A)と離散的なデジタルデータ(D)の間でしばしば変換が行われる。例えばプリンターでは入力したデジタルデータが紙の上に連続的なアナログデータとして表現され、人が認識する。スキャナーでは文書の文字や画像を走査することにより情報をデジタルデータに変換することにより、処理や伝送を可能とする。複写機ではスキャナーの機能とプリンターの機能を組み合わせたものであり、A/D変換とD/A変換の両者が行われている。このように情報処理機器とは情報の複雑な変換により機能を発揮していると言える。情報機器の中でも特に最先端のカラー複合機と呼ばれる機種ではカラーにより情報の人間の視覚への訴求力を高め、プリンター・複写機・スキャナー・ファクシミリなどの機能を併せ持つが、アナログ情報とデジタル情報の巧みな変換と利用の組み合わせにより可能となっている。

電子データの表示装置の物理インタフェースは
限りなく紙に近づくかもしれないが、
脳内情報処理に関わる認知的インタフェースは
近づくことができないだろう。

3. 電子データの可視化装置として
    モニターの可能性と限界

既述のように情報の変換、加工の容易さなどから見た電子データの柔軟性・可塑性はメディアとしての素晴らしい機能と言えるが、人間と電子データのインタフェースとしての液晶モニター・CRTなどの表示装置には、紙メディアと比較すると現状では多くの問題がある。すなわち表示装置の画面から電子データから成る情報を視覚を通して読み取ることが可能でも、視覚情報が脳内の認知構造において紙メディアと同じように情報処理が進むとは限らない。すなわち現時点での表示装置の技術においては情報の読みと理解と記憶という点において高い感情価をもつ紙メディアには及ばないといえる。

それでは将来的にはどうなのだろうか。現時点においてはメディアとしては紙が最大の感情価を持ち、情報処理をスムースに行い、情報を短期記憶を経て長期記憶へ定着させる可能性が高い。将来的には表示装置の表面特性の改良により表示装置の感情価が紙の感情価に限りなく近づく可能性は大きい。しかしたとえ表示装置の特性が紙と同じになったとしても、紙と電子メディアが脳内で同じ情報処理がされるという保証はない。少し専門的に説明すると、電子データの表示装置の物理的インタフェースは限りなく紙に近づくかもしれないが、脳内情報処理に関わる認知的インタフェースは近づくことができないと筆者は考えている。

電子データに依存する情報機器が進歩しても
限りなく親和性を求める人間の特性から
紙メディアの更なる利用に向かわせるだろう。

4. トータルに行われる人間の情報処理

認知科学の最新の成果である状況的認知論(situated cognition)によると、読みにおける情報処理は視覚から入った情報のコンテンツのみにより行われるのではなく、メッセージに関わるメディアの形態や重さ・触感などが生み出す身体感覚など視覚以外の人間を取り巻くあらゆる状況がトータルに情報処理に影響すると言われている。このように考えると人間自身を情報処理システムとして捉えた考察が必要となる。

さらに読みにおいて指で文字を記した行を追っていくような脳の運動野が関与する行為が加わると記憶を補強するという考え方もある。すなわちもし発達心理学的に考えて紙に関する親和性がホモサピエンスとしての人間にもともと遺伝的に備わった生得的なものであるとすると、電子メディアの生理的違和感が感覚の順応性により克服されても、紙メディアの認知科学的優位性を越えることは出来ないといえる。従って、電子データに依存する情報機器が進歩しても人間をペーパーレスの方向に向かわせるのではなく、限りなく親和性を求める人間の特性から紙メディアの更なる利用に向かわせるだろう。

尾鍋史彦 Onabe Fumihiko

東京大学名誉教授(製紙科学)/
前日本印刷学会会長

1967年東京大学農学部林産学科卒業後、大学院を経てMcGill大学留学。92年東京大学教授、2003年退官。専門は紙科学および応用分野である塗工、印刷、画像、包装および周辺の認知科学、紙文化、メディア理論など。紙の科学と文化、芸術を融合し、紙の問題を包括的に扱う文理融合型学問としての〈紙の文化学〉を提唱。

掲載日:2013年10月

デジタルフルカラー複合機 CHANGE 働くを変える。

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