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メディア学の権威、東京大学名誉教授が斬る。「紙」×「電子データ」は共存できるか 第2章:紙メディアとはなにか 尾鍋史彦

  • 第1章:はじめに(総論)
  • 第2章:紙メディアとはなにか
  • 第3章:電子データとはなにか
  • 第4章:まとめ

第2章:紙メディアとはなにか

21世紀の現在、情報機器を経由して生み出される情報はデジタルの形態をとる場合が多く、デジタルコンテンツはハードコピーとして紙に出力される。すなわち情報を明確に視認し、脳内の認知構造に安定的に格納する必要性が高いと思われる場合には紙メディアに出力してから読まれる場合が多い。しかし情報の内容や重要度によっては、液晶モニターなどの表示装置により視認するだけで終わる場合も急激に増大しつつある。それでは紙メディアに出力して情報を受容する必要があるのは紙のどのような特性に基づいているのだろうか。

紙面と画面の読みやすさの違いは
基本的にはセルロースからなる紙面が持つ
人間との親和性がメディアとしての
紙の優位性の源泉と考えた。

1. 認知科学的に見た紙の優位性の本質

紙は木材パルプから抽出した天然高分子であるセルロースを主要成分とし、人間の五感との関わりにおいて高い親和性(affinity)をもつ。親和性とは紙メディアに載った文字や図像による情報が疲労や生理的な違和感を伴わないで脳内の長期記憶貯蔵庫に格納され易く、また紙が脳を活性化する力をもつからである。この親和性は紙がメディアとして太古から現在まで持続的に使われ、デジタル情報化社会といわれる現代においても相変わらず主要なメディアであり続けている最大の理由である。さらに資源的には地球上で木材は再生産可能であり、使い終わった紙は古紙としてリサイクルすることにより再利用可能であり、安価に安定的に永続性をもって使い続けられるという他のメディアには無い優位な特性を持つためである。

心理学の先端分野の一つに認知科学(cognitive science)があり、コンピュータによる情報処理過程と人間の脳が行う情報処理過程を比較しながら人間の情報処理モデルを組み立て、人間の「知」の領域で行われている情報処理の仕組みの解明を目指す学問で、コンピュータの出現と同時期の1950年代に始まった。特に近年は脳科学との連携により人間の知覚・学習・記憶などの認知行動の仕組みを明らかにしつつある。

メディア理論の考え方と発達心理学の考え方を組み合わせると、人間の情報処理過程を説明する一つの認知科学理論が構築できる。すなわち文字や画像からなる視覚情報は情報を載せているメディア(紙面か画面か)に依存してメッセージと共に脳内に入り、生物種としての人間の遺伝的形質という生まれつきもった生得的情報と共に、学習や経験で得た習得的情報に影響され知覚・認識などの認知処理を行い、行動を決定する。認知科学では文字と図像の情報処理過程の違い、短期記憶と長期記憶のメカニズムの違いなどに関するモデルが提案されている。

筆者は1999年に行われた電子書籍コンソーシアムによる「電子書籍実証実験」に参加したが、当時の技術レベルでの文字によるテキストと画像の読みやすさの違い、紙メディアと違った電子書籍に伴う生理的な違和感を説明するために、メディア理論、発達心理学と認知科学を組み合わせた一つのモデルを提案した。このモデルに基づき、紙面と画面の読みやすさの違いは認知構造における情報処理や記憶の深度の差に起因し、基本的にはセルロースからなる紙面が持つ人間との親和性がメディアとしての紙の優位性の源泉と考えた。

原稿を書き終わり推敲を加えようとする場合に、表示画面からは見落としてしまうような誤りが紙に出力すると発見できることをわれわれは日常的にしばしば体験するが、これは文字の支持体としての紙が視覚を通して脳を活性化させ、注意力を高めるためと認知科学では説明されている。

人間にとって紙メディアの感情価は高く、
接近行動をしようとする。

2. 高い紙の感情価

紙の人間への高い親和性は、人間の感覚への訴求力である感性機能を発揮し、紙を通した情報の知覚や認知という行為を有効に行わせることを可能とする。心理学においてモノやコトを評価する場合に、それが人間に対してどのような感情を誘起するのかという尺度として“感情価(hedonic value)”という考え方がある(Wundtの感情の三次元説)。すなわち快・不快、興奮・沈静、緊張・弛緩などの感情をどの程度引き起こすかに関して感情価により定性的な評価が行われる。一般的に“快”の感情価の高い事物に対して人間は接近行動を、低い事物に対しては回避行動を起こす習性がある。特にメディアにあてはめると人間にとって紙メディアの感情価は高く、人間は紙メディアと対峙すると使ったり、読んだりしたいという欲求が生まれ、接近行動をしようとする。紙の人間との親和性の高さは心理学的には紙は高い感情価をもつと表現することができ、メディアとしての優位性の源泉となっているといえる。

すなわち人間の「知」の構築において
重要な人格形成期における学習や
重要なビジネスの場面では
紙メディアは不可欠といえる。

3. 人間の「知」の構築と
   ビジネスの成功のための紙メディアの重要性

人間がメディアから情報を得ようとする場合、新聞や雑誌のような一過性のフロー情報で記憶の必要性がそれほど高くなければ人間との親和性が相対的に低い液晶モニターである電子メディアから視認するだけで事足りる場合が多い。しかし人間の知性の基盤を形成する初等教育などにおいてはストック情報として長期記憶とならなければならない。情報が入力された場合、普通は短期記憶として脳の海馬の神経細胞を中心に短期間留まるが、長期記憶は海馬から大脳皮質に情報が転移する必要がある。そのためには視覚への入力から始まる情報処理がスムースに運ぶ必要があり、電子メディアに必ず伴う若干の生理的違和感は転移を阻害し、深度の高い安定的な記憶は行われないことが、最近の認知神経科学の知見から推測される。すなわち人間の「知」の構築において重要な人格形成期における学習や重要なビジネスの場面では紙メディアは不可欠といえる。

尾鍋史彦 Onabe Fumihiko

東京大学名誉教授(製紙科学)/
前日本印刷学会会長

1967年東京大学農学部林産学科卒業後、大学院を経てMcGill大学留学。92年東京大学教授、2003年退官。専門は紙科学および応用分野である塗工、印刷、画像、包装および周辺の認知科学、紙文化、メディア理論など。紙の科学と文化、芸術を融合し、紙の問題を包括的に扱う文理融合型学問としての〈紙の文化学〉を提唱。

掲載日:2013年9月

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